季節物

□お願いお星様
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お願い、お星様。どうか僕の願いを叶えて


少年は夜空を見上げる。

昼間、特別授業で教わった。今日は七夕という日。
七夕には空の彼方、天の川のほとりで対岸に引き離された恋人同士が会うことを許されるらしい。

なんやかんやと詰め込むように色々勉強した後、たどり着いた結論は、現在の七夕は星に願いを託す日になったという事だった。

家庭教師に短冊を書けと言われたので少年は「家族みんなが健康で過ごせますように」と、当たり障りない願い事を書いておいた。
珍しく一緒に授業を受けた少年の婚約者…ルミカも「コジロウ様とずっと一緒に居られますように」などといかにも大人達を満足させるための言葉事を書いていた。コジロウとは、言うまでもなく少年の名だ。

少年と少女の心は出会って間もなく離れた。
いや、離れたのは少年の心だけだろう。少女の心が少年に近付いた事は一瞬たりとも無いのだから。

とあるパーティーで、コジロウはルミカに一目惚れした。心底好きだった。幼い彼は、彼女をお嫁さんにしたいと本気で思った。



それから間もなくして、少年の願いは叶えられていた。

彼の婚約者として少女は少年に紹介された。


その日は本当に幸せだった。
でも日を重ねて気付く。彼女の気持ちがこちらに向かない事、彼女には気持ちを向ける気さえ無い事。程なく少年は永遠とさえ思っていた恋から覚めた。

幼い頃は本当に悲しかったのだ。少し成長して、状況を理解したら彼女の気持ちなんて簡単に解ったけれど。


少女の家柄は決して悪い訳ではない。けれど少年の家とは比べようも無いのだ。
コジロウがルミカに惚れてしまったばかりに無理矢理この家に連れて来られたのは想像に難くない。


コジロウの両親に気に入られるように彼女は必死だった。しかし恐らく、コジロウ自身は彼女に恨まれていた。


コジロウは婚約を破棄しようかと考えた事もある。
それが出来なかったのは、どこかでまだ少女の事が好きで手放したく無かったのか、少女が実家に帰されれば、出戻りだと攻められるのが解っているからなのか。


少なくとも今、自分が少女の為に出来る罪滅ぼしは、彼女の「愛」という言葉にブレンドされた憎しみを受け入れる事だけなのだ。


それでもと、望んでしまう事は、この星達は許してはくれないのだろうか?



人目につく短冊にはどうしても書けなかったけれど、もし、許されるならば、



「僕も、ルミカちゃんも、
心から笑い合える大切な人に出会って、今度こそ幸せになれますように。」





目が、覚めた。


自分の手のひらを見つめればすっかり大人の手。
自分が居なくなれば家の財産は全てルミカの物になって、ルミカもなんの気兼ねもなく実家に帰れるんじゃないか、なんて浅はかな考えで家出したのはもう何年前の話だろうか。
何年…じゃ済まなくなったか。
彼は苦笑を漏らした。

ルミカは相変わらずあの家に縛られたままだ。
俺は…



「おはようコジロウ。目が覚めた?」

「おはようムサ…」


出会った頃に近い低いトーンの声。ひょっこり顔を覗かせる女性は出会った頃とは違い、顔には笑みを浮かべていた。
その手には、笹。


「…笹?」

「ああ、ニャースと七夕の話してたらゼーゲル博士が興味深々でね、飾りなさいって。「御命令」よ。」

全くあのワガママじーさんなんとかしてよ。と言わんばかりの顔をしているが、口には出さない。口の代わりに彼女はこちらに歩みより手を差し出した。


「コジロウも短冊書いてね。ポケモン達が飾り作ってるからごはん食べたら手伝ってやって。
あ、デスマス勝手に借りてるわよ。」


そうか、今日は七夕なんだ。
だからあんな夢を見たのかと彼が納得していたら、ムサシが「じゃあ」と踵を返した。

あ、

「ムサシ!」


思わず手を掴んで引き止めたら、彼女は驚いたようにこちらを見ていた。

「…何?」

「えっと短冊ってゼーゲル博士も見るんだよな?やっぱ下手な事書いたらマズい…?」

ムサシが盛大にため息をついた。

「あのね、コジロウ。
願掛けなんて誰かに気ぃ使ってするもんじゃ無いでしょ?
人の短冊見る方が悪いのよ。んな趣味悪い奴の事気にしないで好きに書きなさい。」


あの日、幼い自分とルミカが越えられなかった壁をあっさりとぶち破って、今度こそ彼女は立ち去って行った。

残された短冊に何を書こうか…

ルミカが幸せになれますように?
ムサシ達と幸せになれますように?


ああ、そうだ。

コジロウは机に置いてあるペン立てからペンを1本抜き取った。


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1年ぶりの季節小説ー!お久しぶり☆

少年時代の願いは半分叶ったコジロウさん。今年のお願いはなんなんでしょ?
みんな幸せになれますように。とか?
幼い頃の建て前と結局あまり変わらない。そんなバカなコジロウは素敵。

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