季節物
□ハッピーライフ
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父の日だから。
だから今日は、大切なキミとデート。
ハッピーライフ
「あら、コジロウじゃなーい!!」
久し振りね。こんな所で何してるの?そう続いた聞き覚えのある声に振り返れば、予想通りの長い金髪が揺れた。
『久し振りだな。ヤマト。』
そう言おうとしてたが、その言葉を彼女の声が遮る。
「嘘…もしかしてこの子…ササキちゃん?!おっきくなったわねー。」
旧友の視線は彼の腕の中をまじまじと見つめており、5歳になった彼の娘は居心地悪そうに、彼の首に抱き付く。
「ササキ、恐い人じゃないよ。
パパとママのお友達。」
「恐い人って……まぁ良いわ。」
一瞬、紫の瞳に不満の色が宿るが、それも一瞬。すぐに緩んだその表情は、彼の娘へ向けられる。
やがて彼女の手が少女の頭を撫で始める。
「本当に、大きくなって。」
最後に会ったのはいつだったかしら。なんて女性の呟きに、間髪入れずに、娘の1つの誕生日だと答える父親。
最初の内はただ困惑するだけだった娘も、次第に彼女に笑顔を見せるようになってきた。
「じゃあ、ササキちゃんは私のコト覚えてないのね。」
おいで。と、手を伸ばせば、少女は少し戸惑った様子を見せてから、父親の腕から女性の腕の中へと移動する。
案外、人見知りしない子のようだ。
「うわぁっ。重たくなったわね〜。
そう言えば、今日はオクサマは?」
「アイツは家で留守番。
ヤマトこそ、今日は一人なのか?」
家族連れの目立つ休日のショッピングモール。そこに若い女性が一人で。というのは、いや、結婚式を来週に控えた女性がひとりで。というのはやはり違和感があった。
「あら、アンタがオクサマを一人でお家に残して来たの?」
珍しい。帰りに雨でも降るかしら。なんて、随分失礼な発言だけど、コロコロと笑う彼女に、嫌な感じはしない。
「ははは。誘ったんだけど、妊婦連れまわす気かって怒られた。」
「え?!ウソ、2人目?!聞いてないわよ?!」
「まぁ、本当にこないだ解ったばっかりだし。」
「うわぁー。オメデトウ。
オクサマにもよろしく言っといて。今度お祝い持ってお宅に伺うわ。」
「是非ご夫婦で。」
言って、ふと気付く。
「今日ダンナは?」
マリッジブルーで気分転換という風には見えないし、何より彼女はそんなキャラじゃない。
「あー。そろそろ打ち合わせ始まってる頃かしら。」
「打ち合わせ?」
「結婚式の最終調整。ここの1Fにあるブライダルショップ使ってるのよ。」
「いや、さっさと行けよ。」
「そんなのアイツに任しときゃ良いのよ。せっかく久し振りに会えたんだし。」
ね。と、腕の中を覗けば、幼子は眠っていて、そういえば、最初に抱き上げた時より重みが増している気がする。
「さっきまで、はしゃぎまわってたし、知らない人に会ったし、多分、疲れたんだろ。」
ひょいっと我が子を抱き上げた旧友の顔は、暖かい父親のもので…、
「ササキも寝ちゃったし、俺達、帰るな。」
「えぇ。そうね。」
自分達の数年後への期待と不安が高まる。
じゃ、また来週。そう言って歩き出した彼はしかし、2、3歩のところで歩みを止めた。
「あ、そうだ。ヤマト。」
「何?」
「結婚、オメデトウ。」
祝いの言葉が胸に染み渡る。
「ね、今度呑みに行きましょうよ。
ムサシも誘っといて。アタシ、コサンジ誘っとくから。」
「あぁ。じゃあ、ウチで呑もうぜ。」
―――――.゚*。
「ただいま。」
「お帰りなさい。
どうだった?父の日デート。」
キッチンから妻の声が聞こえて、少し苦笑いする。
「いやー。普通の休日だった。」
「あら、ササキ寝ちゃったのね。」
じゃあ、コレ、私の手からで悪いケド。
言ってキッチンから出て来た妻に手渡されたリボンのかかった紙。
「コレ…」
「幼稚園で書いたんですって。」
広げて見れば、父親の似顔絵なんて、良くある話。
良くある話だけれど…、
「まだ普通の休日?」
「…………。ん。
最高の、普通の休日。」
「そ。」
晩ご飯、コジロウの好きな物いっぱい作ったわよ。そう言って、彼の妻は満足気に微笑んだ。
何でもない、普通の一日。
きっとそれが、一番の幸せ。