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□鎮魂歌
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黒煙がたちこもる町で私は一人しゃがみ込んでいた。煙たいばかりであたりが何も見えない。立ち上がり、手を伸ばしながら歩いてみる。

煙の外へ抜けると酷い光景が見えた。

瓦礫から飛び出した腕、焼きただれた女の人、あらぬ方向に曲がった男の人、形のない肉塊。

息をしている者なんていない。

「大丈夫ですか?」

瓦礫の中の人に問いかけた。

『大丈夫なわけないじゃない』

誰かが答えた。私の声だった。

「助けを呼びましょうか?」

女の人に問いかけた。

『もう遅いわ』

誰かが答えた。やっぱり私の声だった。

「聞こえますか?」

男の人に問いかけた。

『聞こえるわけがない』

誰かが答えた。私の声以外の何者でもない。

「...どうしたらいいの?」

震える声で肉塊に問いかけた。

『.....』

誰も答えなかった。

辺りを見渡した。たくさんの人が倒れている。誰も起き上がらない。地面を彩る赤い水玉模様。人の体内に潜む赤は高貴な色。入れ物を失った赤はだんだん変色する。人の体は神器なのかもしれない。赤を守る器。血を流す器。


ふと歌声が聞こえた。囁くような声で、優美に甘く切なく悲しく孤高に歌う。聞いたことのある
声だった。聞き慣れた声。よく知っている声。



けれど、私の声ではない。



黒煙が晴れた。後ろを振り返る。煙の中から人が現れた。

横たわる人。淡い栗色の髪。顔の半分は赤に染められている。あのオレンジ色の服がお気に入りだった。服の半分以上が赤いがよくわかった。起きそうには、ない。起き上がるわけがない。


歌に耳を澄ます。
哀しい歌だった。
美しい歌だった。


瓦礫の中の人が這い上がる。
焼きただれた女の人が立ち上がる。
骨の折れた男の人が起き上がる。
肉塊の本人が現れる。

みんながみんな空を見た。太陽は出ていない。それでも太陽を見つめている。そしてゆったりと歩き出す。日の光を求めて。歌に合わせて歩き出す。



私も、いかなきゃいけない。



横たわる人物を見る。神器として役にたたなくなった体は、もういらない。可愛い顔ではなかったけれど、嫌いな顔でもなかった。

そっと自分の体をまたいで、私は彼らと共に日の光を目指した。



友達の歌声がまだ聞こえる。



友達と共に買い物へ出かけた矢先、爆撃にあった。何が起きたのかは知らない。平和な街に突然起きた出来事。

友達の鎮魂歌を聞きながら、私はただ静かに、眠る。






――――おやすみなさい。











鎮魂歌

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