Waffle

□CRADLE
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「…38度8分」

体温計の表示画面を見た不破が、半ば呆れた様にこちらを見やる。

「…その体温計、壊れてへんの?」

不破のベッドに強制的に寝かされたまま返事をすると、

「あいにく、正常だ」

おとなしく寝ていろ、と頭を撫でられた。



経験のない、温もり。

人の、暖かさ。


縋り付きたくなる衝動を、目を閉じて、やりすごした。

やがて立ち上がる不破の気配に、そっと目を開けると、待っていろ、と告げた不破が部屋を出ていった。

…残ったのは、パタンという無機質な音だけで。

閉じられた扉を見つめて、ゆっくりと身体を起こした。



…身体が重くて、心が不安定だった、今朝。

昔、何度か経験をした記憶がある、辛さ。

助けてほしかった。

この状態から救ってくれる誰かに。


―…不破、に。


心を侵食していく強い思い。


不破ニ、会イタイ…。


そして、ふと気が付くと不破の家の前に来ていて。

不破の顔を見た瞬間、気が緩み、意識を失ってしまった。



「…あかん、女々しいわ、俺」

熱のせいなのか、不安な思いが募っていく。

『あの頃』の記憶が、蘇ってくる。



「寝ていろと云っただろう」

見つめていたドアが、ふと開き、入ってきた不破が、起き上がっている事を咎める。

その手に持っていた洗面器を床に置き、再び寝るようにと促す不破に縋るように、

「!」

思わず、抱きついた。

何も云わずに抱き締め返してくれた不破が、

「どうした?」

と尋ねる。

「…もう、そのドア、開かへん気がした…」

目を閉じて、本心を伝えた。


あの部屋とこの部屋の『扉』が、重なる。

幼い頃、同じように熱を出しても、傍にいてくれる人はいなくて。

ただ一人、決して開くことのない『扉』を見ていた。

もしかしたら誰かが、……が、来てくれるかもしれない、と。

待ちくたびれ、熱に負けて眠りにつくまで…。

でも目が覚めても、誰も、いなくて。

体調が戻っても、心は、重くなった。

そんな…昔の、記憶。



「今日な、目ぇ覚めたとき、めっちゃ不破に会いたかってん」

そっとベッドに寝かせて、布団を掛けてくれる不破に、ポツリと云った。

「一人に、なりたなかった」

人の暖かさを、覚えてしまったから。

一人になりたくない。

傍に、いて。


しだいに高くなる熱に浮かされ、意識が朦朧としてくる。

ふと、額に冷たく湿ったタオルが置かれた。

「…さっき、これ、取りに行ってくれたんやな」

おおきに、と伝える。

すると微かに、不破が、笑った気がした。

「目…覚ます、まで…このまま…」

ここに、いて。

力すら上手く入らなくなった手を、不破へと差し出す。

すでに、あまり意識はハッキリしていなかった。

もう、不破の表情も、声すら上手く聞き取れない。

でも。

握り返された、その手の感触を、確かに感じながら、深い眠りの中へと堕ちていった。





「ごめんな、迷惑かけに来たみたいで」

「俺は構わん。具合は大丈夫か?」

「うん。おかげで熱も下がったみたいや」

眠りについて数時間、体調はほとんど回復していたようで。

「だが、今度はここに来ようなど考えるな」

「…え」

その真剣な目に、ふと、身体が強ばった。

…やっぱり、迷惑かけたこと、怒っとる…?

謝ろうと、俯いた顔を上げた。

瞬間。

「!」

腕を強く引かれ、気が付くと、不破の腕の中で。

「不破…?」

「次は、遠慮せずに呼べ」

すぐに来てやるから。

その言葉に、何かが溶けていく気がした。

ふと思い出したのは、目覚めて最初に視界に入った、繋がれた自分と不破の手。

本当に何時間も、手を繋いだままでいてくれていたという事が、あまりにも不破らしくて、可笑しくて、

…嬉しくて、笑った。

「不破て、世話好きなん?」

「俺はお前以外の世話はしない」

「!」

真顔で答えてくる不破に不意をつかれ、頬が熱を帯びる。

「…おおきに。不破て…優しいな」

「そんな事を云うのはお前だけだぞ」

「当たり前やん。他の誰かが気付いたら許せんわ」

「所有欲が強いな」

「不破かて独占欲強いやんか」

「まあな」

そっと、包み込むように抱かれた感触。

何よりも安心できる、日だまりのような憩いの場所。

「ごめんな。おおきに」

「何がだ?」

「いろいろ」

へへっと笑い、不破の首に腕をまわす。

そのまま、そっと引き寄せて、

「優しすぎる奴に罰!風邪移したる」

一瞬だけ口付け、いたずらっぽく笑ってみせた。





寝ても覚めても、自分の身を案じてくれる人がいる。

そんな、昔の自分が願っていた暖かさが。

諦め、忘れかけていた今、本当に大切な人の手から、確かに与えられた気がした。





*****2002/11/24
さつき様、相変わらずの遅筆、駄文でごめんなさいです。
…つか、シゲ可愛くないですよね、コレ。苦。
まだまだ修業が足りません!精進します。
では、これからも懲りずに遊びに来て下さると嬉しいです☆
リクエスト、ありがとうございました!

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