Waffle
□sky blue
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「よ、不破。おはようさん」
廊下を歩く見知った姿を見付けて、いつもの笑顔で声を掛ける。
「……」
だが振り返った不破は成樹を視界に捕らえると、眉をひそめ無言のまま前を向いて再び歩きだした。
少しだけその後ろ姿を見送って、教室の反対方向へと向かう。
階段を登り、いつもの屋上へ。
何時の間にか成樹の顔は表情を失っていた。
屋上へ着き、給水塔へ登る。
寝転がって見上げた空は、相変わらず青くて、広くて。
いつもは安らぐそれが、今日は少しだけ淋しくて目を閉じた。
「…もう三日目やで?不破…」
『俺はお前の気持ちが分からん』
そう云われたのは三日前のこと。
直接的な原因が何だったかは覚えてないのに、その言葉だけは耳から離れずに残っている。
きっかけは大したことじゃなかったはずだ。
それがちょっとした口論になって…。
「お互い意地っ張りなとこあるしなぁ」
クスッと笑みが零れ、言葉と共に空へと吸い込まれて、消えた。
口論の後、その場の雰囲気が何となく嫌で、明るく振る舞うと不破からの一言。
その言葉以降、不破は返事すらしてくれなくて。
「不破、怒ると無口になるんやなぁ…」
自分自身の気持ちに正直で、思ったことだけを言葉にするから口数は多いとは云えない。
でも決して無口ではない。
いつも無表情に見える顔も、喜怒哀楽がちゃんと分かる。
…でも、あの日から。
会話もなく、表情さえ見せてはくれない。
ただ、目が何かを伝えてくる。
その咎められているような視線が、つらい。
耳に残る、淡々としたあの口調が、瞼の裏に映る、優しく穏やかな表情が、恋しい。
─ギィィ…
不意に扉が開く音に目を開けて、そっと下を覗く。
何となく、入ってきた人物の予想はついていた。
「不破…」
「……」
成樹の姿を見上げている不破は、相変わらずの無口で、無表情で。
それを少し淋しく感じるが、とりあえず笑いかける。
「どないしたん?そろそろ授業始まるんちゃう?」
サボリぐせ、移ったんやろか。
と冗談半分で言葉を繋ぐ。
声が、聞きたい。
「…何故、無理をして笑う?」
待ち望んだ声よりも、その言葉に、言葉が、詰まる。
「…何で無理しとるて思うん?」
「目が笑っていない」
「……」
ズルイわ、不破…。
そんなことを云われたら、もう笑えない。
平気なフリなんか出来なくなる。
「そこへ行ってもいいか?」
黙ったまま少し考え、首を横に振る。
「来んでええ。…俺が行くわ」
云うが早いか、給水塔から飛び降りる。
このほうが、絶対早く傍へ行ける。
じっと待つなんて、自分の性分じゃない。
ずっと受け身のままなんて、嫌だ。
「まだ、怒っとる?」
「?」
「せやからっ…。俺んこと、まだ怒っとるん?」
「何故俺がお前に怒るのだ?」
「…へ?せやったら何で…」
何で返事すらしてくれなかった?
何であんな表情をしていた?
「…お前が、俺の前で憂い顔を隠してでも笑おうとするからだ。作り笑いは下手だな」
「なっ…!」
「だが、そうさせたのは俺のせいだな」
『俺はお前の気持ちが分からん』
心が、ズキンと痛む。
「あれ以来、お前は俺の前で無理して笑う。だから俺が立ち去れば普通に笑えると思ったのだが…」
不破の声は不思議だ。
そのたった一言で心が重くなり、軽くなる。
「佐藤?」
不破の制服のブラウスを掴んで肩口に鼻先を埋めると、様子を伺いながも抱き締めてくれたのが、嬉しくて。
腕の中の感触と、不破の匂いが、愛しくて。
「不破が怒ってへんで良かった」
自然とそんな言葉が零れた。
ふと、背中にまわされていた不破の手が頬に触れたのを感じ、顔を上げる。
(あ…)
目の前には、ずっと見たかった穏やかで優しい表情。
それが嬉しくて、つられて微笑う。
「やっと普通に笑ったな、馬鹿」
「バカぁ!?いきなり何やねん、アホ!」
フンッとそっぽ向くと不破が吹き出した。
そして、頬に柔らかい感触。
驚いて振り返ると今度は唇に同じものを感じた。
「ん…」
少し長めの、優しいキス。
目を閉じてそれに応える。
しばらくして、唇が離れるのを感じ、目を開ける。
そこには、どこか満足そうに笑う不破の顔。
きっと今、自分も同じ表情をしているに違いない。
見上げる空は、相変わらず青くて、広くて。
金色に輝く太陽の光により、地面に映し出された二つの影が、再び、一つに重なった。
*****2002/08/26
何かいつもより長かったような気がしたり、しなかったり。苦笑。
フジクラヒサエ様、こんなもので許してください。
ごめんなさい、思いっきり甘くしてみたつもりです、精進しますっ!
どうもありがとうございました。
タイトルは「空色」です。