Waffle

□Anniversary
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「佐藤」


7月の2週目に入って、気温は一気に上がった。

夏特有の暑さは気怠るさを引き起こすものの、嫌いではない。

濃い青に広がる空に浮かぶ太陽や、身軽な服装で解放感に包まれるのが気持ちいい。

現在はもう日が落ち、窓の外はすっかり暗くなっている。

聞こえるのは冷房の稼働音と、時計の秒針と。それから。


「好きだ」


話がある、と不破の家に招待されたのは部活終了後だった。

好奇心が2割、残りの8割は正直冷房に釣られてやってきた不破家。

不思議な家の玄関を通り、2階の不破の自室へ案内され、飲み物を有り難く頂戴した直後。

衝撃に良く冷えた麦茶が気管に入った気がして、盛大に咽てしまった。

まぁ、これが全ての始まりだったりするわけで。







告白された。不破に。


学校始まって以来の天才児にして問題児。クラッシャー。

そんな…何だか都市伝説のような肩書きを持つ男、不破大地。

茶色がかった髪から覗く三白眼と変化の乏しいその読めない表情は、大抵まず相手に苦手意識や畏怖の念を抱かせる。

続いて、疑問や意見を述べる様があまりにもストレート過ぎて聞いていて理不尽にすら聞こえてしまう淡々とした口調。

強ち間違っていない所が追加ダメージを与え、大抵の人間を落ち込ませるか逆上させる。

更に運動神経も良く、とにかく何でもすぐ吸収して自分のものにしてしまうという超人。

その肩書きの如く同級生から教師まで、様々な面でそのプライドを粉々にされた者が数多く居るらしい。


サッカー部入部初日から、その上達ぶりは顕著に表れた。

サッカーそのものの存在すら知らないという所から、一度の手本でリフティングを習得。

キーパーとしての観察力や判断力も、初心者とは思えない動きを見せる。

データの記憶力は特に秀でていて、それを分析する力は今の部員の中でもトップレベル。

面白い奴が入ってきた、と興味を引きつけられた。

そして何より、自分がFWに戻れるきっかけをくれた事は、間接的だったが素直に嬉しかった。


勉強以外の雑学にも詳しく、気になったら最後、納得するまで調べ尽くさないと落ち着かないらしい。

だから知らない知識を鵜呑みにすることもしばしばで。

不破にある事ない事吹き込んでは、その後の周りへ与える言動に何度も笑わせてもらった。

あとで散々多数の被害者から怒られたのは言うまでも無いが。

だが当の本人は至って真面目で悪気が無い。

そんな所も面白かった。


でもまさか、こうなるとは一体誰が予想出来ただろう。



「…熱あるやろ」

「ない」

「ほな疲れとる?」

「話を逸らすな」


少し声のトーンが下がる不破に、溜息をつく。

困った。

冗談が言える人間じゃないと知っているだけに、尚更だ。


「とりあえず百歩譲って聞き間違いや冗談やない事は認めたるわ」

「無論だな」

「けど、俺にその気は全く無い。考えたことも無い。おもろい奴だとは思とるけど、それだけや」

「なら、考えろ」

「…う〜…」


どうしたら分かってくれるだろうか。

いや、そもそも理解するつもりがあるのかが最大級の謎なのだ。

男同士だ、なんて世間一般でいう『常識』とやらが通用する筈もない。

そんな事を教えられなくても不破は分かっている。

分かっているから返答が難しい。


「最初は違和感だった」

「んあ?」

「お前は人当たりが良くて要領もいい。それこそ年齢を問わず自然に人の輪に溶け込んでいる。強い存在感を残す。なのにさっきまで居たと思っていた場所から誰も気付く事無く姿を消す。お前は自分のテリトリーには誰も入れさせない。時折そんな壁が見える。その、笑顔に」


「そのバランスの悪さが、気になって仕方なかった」

「…んで、俺調べつくして自分の興味が満たされればええって訳か」

「ああ。そのつもりだった」

「ふざけんなや。人をアサガオか何かと思とるんか?観察日記付けたいなら他あたれや」

「だが触れたいと思ってしまった。…こちらを見て欲しいと、思ったんだ」


佐藤、と呼ぶ声が何故こんなに心地良いのだろう。

どう返せばいいのか一瞬迷い、苦笑した。


「なぁ、不破。俺ずっとココに居るつもりは無いし、気が向いたら多分ふらっと居らんようなるで」

「……」

「そしたら多分戻らん」

「…実家は京都だと言っていたな」

「そうや」

ニッ、と笑い背もたれ代わりに使っていたベッドに、改めて身体を預ける。

「俺な、地元じゃちょっとばかし名の知れた名家の、妾の子やねん。おかげさんで世間様の目冷たくてなぁ」

よう大人がいろいろ言うて敵わへんやったわ。

冗談めかしながら、今よりも幼かった頃の事を思い出す。

「2年…ちょい前やな。おかんが別の人と結婚する話と、娘しか生まれへんおとんが急に俺認知する言うた時期が同じくらいでな」

「……」

「色々面倒やし家出て旅してみよ思て。自由気ままにヒッチハイクの旅!ま、テレビの影響やねんけどな。おもろそうやってん」

「…佐藤」

「家出た経緯はそんな感じや。その間にいろいろ学んだで。ええ事も、もちろん悪い事もな」

右手の人差指と中指を口元に当て、喫煙中のその仕草を真似て笑ってみせる。

すると不破の表情が不愉快そうに歪められた。


「怖い顔すんなやー、今はもう吸ってへんわ」

「…悪いが俺には同情する気は全くない」


一瞬、思考が、止まった。

(そう来たか)


「…誰も同情なんか頼んでへんよ」


頭に、少し血が上るのが分かった。

今までいろんな人間にいろんな反応をされた。

自分の持つこの感情は、間違いなくその周りの人間達によって固められたものだ。

慈悲深い、情けを持った言葉が育てたものだ。

『両親に捨てられた、カワイソウな子』

何も知らないくせに。

(さぁて)

聞き流すかと思っていたこの男は、そんな自分にどんな言葉をくれようとしているのだろう。

不意に外れてしまった笑顔を、もう一度貼り付けた。

同情を期待している様に見られたのだろうか。

心外だ。
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