桜下恋想

□名を呼んで
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天気の良い昼下がり。
新選組屯所は常と変わらず賑やかで、土方は何をしているのか騒がしい面々に注意の言葉を投げて、局長である近藤の部屋に足を向けた。

「近藤さん、居るか?」

声をかけると、「ああ」と返るので土方は襖を開けた。
開けて、やや呆れたように溜め息をついた。

そこでは風間が寝ていたのだ。
以前、風間が近藤に膝枕をしているのを目撃したが、今回はその逆。
近藤の膝の上に頭を預けた風間は、心地良さそうに小さく寝息を立てている。
近藤はそんな風間の頭を、撫でながら書物を読んでいたらしい。

「あー……邪魔だったか?」

近藤と風間の仲は周知の事実で、二人が一緒に居る光景は見慣れたものだが、こうも仲睦まじい場面に遭遇すると、気まずくなるのは仕方ない。

「いや、大丈夫だ。風間君は寝ているし……何か用があったのだろう?」

「あー…いや、そんな大した用じゃないんだ」

そこで土方は、ふと思ったことを口にする。

「近藤さん、風間のこと、風間君って呼んでんのか」

「ん?何か可笑しいかな?」

「いや、可笑しくは無ぇよ。ただもう恋仲になって半年くらいは経つだろう?下の名で呼んでんのかと思っていたから」

「ああ、……いや、実は風間君に一度名で呼んで欲しいと言われたが、恥ずかしかったのか、結局この呼び方が良いと言われてな」

近藤が笑みと共に応えると、土方はへぇと短く返す。
こいつでも恥ずかしいとか感じるのか、と寝ている風間を見る。
その寝顔はとても穏やかだ。

「俺の用は大した事じゃねぇから、出直すよ。邪魔するなって風間に言われたくねぇからな」

土方がそう言い部屋を出ると、近藤は何かを考え込む様な面持ちで風間の寝顔を見つめた。





暫く経って、風間は「んっ……」と小さく声を上げ目を覚ました。
近藤の手は、いまだ優しく風間の頭を撫でている。
それに心地良さそうに目を細め、風間は近藤を見上げた。
近藤はまだ風間が起きたことに気づいていないのか、視線は書物に向かっている。

「近藤」

風間が小さく名を呼べば、すぐに近藤の視線は風間に向いて、笑みが浮かぶ。

「風間君、起きたのか。よく寝ていたな……疲れているようだが、大丈夫かい?」

案じる言葉に風間も笑み、身を起こす。

「大丈夫だ。……すまんな、折角来たのに、寝てしまって」

「私は構わないよ」

柔らかく答える近藤に、風間は微かに頬を染め、近藤の胸元へ頭を預ける。
恋仲となった最初のうちは、笑みを見せることも少なかった風間が、徐々に甘えてくるようになり、近藤は愛しさで胸が温かくなる。

「風間君」

優しく名を呼ばれ、風間は顔を上げる。
何か言いたそうな近藤の表情に首を傾げ、どうした、と問うと近藤は照れたように頭を掻いた。

「以前、風間君が名で呼んで欲しいと言ったことがあっただろう?」

「あ、ああ……だが、俺は今の呼ばれかたが気に入っている」

風間はそう答える。
それは嘘ではないが、千景と呼ばれるのは、動悸が激しくなるので堪らない。

「そうか……いや、それなら良いのだが」

「どうしたのだ?」

近藤の言葉を濁す態度に、風間は怪訝そうに眉を寄せる。

「その……私の名を……一度、言ってみて欲しいと思ったのだ」

これに風間は目を瞬かせ。

「名を、か」

そういえば、近藤の名を呼んだことは一度も無い、風間は思い至り何故か申し訳なく思う。
今の近藤の気持ちは、以前己が近藤に名前を呼んで欲しいと思った時と同じだろう。

期待するような近藤の眼差しに、風間は少しばかり恥ずかしさを感じつつ、口を開いた。

「い……勇」

名を口にすると、風間の顔は赤くなり、俯いてしまう。
近藤は満面の笑みで、風間を抱きしめた。

「ありがとう、風間君。嬉しいよ」

「いや、礼を言われることでは……お前は、名で呼ばれたいのか?」

そっと近藤を見上げ、風間は赤い顔のまま聞く。
慣れるまでは、恥ずかしくなりそうで困るが、近藤が望むなら応えたいと風間は思っている。

「私はどちらでも構わないよ。風間君が私を呼んでくれるのなら。今のは、一度風間君の声で、私の名を聞いてみたかったのだ」

笑みで返して、近藤は再びありがとうと溢す。

風間はそんな近藤に苦笑し、近藤の腕に身を預けた。








UP/2012.06.13



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