桜下恋想2

□思い出すのは
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*「残り香」後




宿に着き、己の部屋に戻ると、襖に背を預け、そのままずるりと身を崩す。

顔が熱い。
否、顔だけでなく、身体中が熱くて堪らない。
乱れた呼吸も、走ったせいではない。

俯き、己の身体を抱いてみるも、熱は収まらない。

「くそっ…」

原因は明白だ。
先程、外で会った男のせいだ。
土方歳三。
手を引かれ、身を崩しかけた所を支えられた。
それだけでも悔しいというのに。

すっと、己の口元に指先を持っていく。

間近で見た、菫色の瞳。
柔らかい感触。
あれは、口付けなどでは無い。
ただ、唇が重なっただけだ。
そう己に言い聞かせるも、鼓動の高鳴りは止まない。
冗談で無いなら、何だと言うのだ。
その答えを問い質したい思いと、それを聞くのが怖いという思いが絡み合う。

己は、彼奴に惹かれている。
彼奴も、同じ思いだとでも言うのか。

あのまま、口付けが深くなっていたら、己は抗えただろうか。
たったあれだけの触れ合いで、身体の奥に火を点されたように熱いのに。

「っ……はっ」

触れずとも、自身が反応しているのは分かる。
このままでは、眠れない。

着物の裾を上げ、下帯を外す。
僅かに勃ち上がる自身に、手を伸ばす。
何故、唇が触れただけで……身体がおかしくなってしまったのではないかと思う。

己の手で緩く扱きつつ、目を閉じる。
思い出すのは、耳に心地良い声と、菫色。
己を抱き寄せた腕と、触れた唇。

「はっ……ん……」

瞼の裏にその姿を思い描けば、手中の自身は更に熱を増し、くちゅりと、湿った音を立て始める。

このような浅ましい行為、止めたいと思うのに、身体は快感を追う。

触れたい。
触れられたい。
彼奴は、どんな風に触れるのか。

今だけ……そう言い聞かせ、今だけ、この手は、彼奴の手だと……。

「ふっ…」

一度そう思ってしまうと、呼吸は益々乱れる。
「風間」と、名を呼ぶ声を思い出し。

「ん……ぁ、土方……」

思わず漏れた名と、己の妙に甘い声。
つられるように、手の動きが速まる。
頭の中で、繰り返し響く声。

「はっ……土、方…」

一度溢した名が、また、口から溢れる。
止まらない。
もう達してしまいそうなのに、思わぬ気持ち良さに、まだ達したくないとすら思ってしまう。
くちゅくちゅと立つ、卑猥な音に耳を犯され、身体は極まっていく。

「んっ…、ぁ、はっ……」

どくりと、手の内に欲が溢れる。
肩で息をし、目を開ける。
己の、手の内に滴る白濁の液が視界に入り、一気に羞恥に顔が熱くなる。
袂から懐紙を取り、拭う。

「…っ、くそ……」

己の手でこんなにも乱れ、実際に本人に触れられたら、どうなってしまうというのか。

軽く頭を振り、そんな馬鹿げた考えは追い払おうと試みるが。

今まで定かでなかった想いを、今の己の行為で、明白にしてしまった。


数日後の夜。
俺は戸惑いながらも、新選組の屯所に忍び込んだ。








UP/10.09.08



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