桜下恋想2

□見慣れた姿で
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墨で塗り潰したような夜空を一度見上げ、俺はしんっと静まる新選組屯所へと忍び込んだ。

丑の刻も過ぎれば、起きている者はほとんど居なく、侵入は容易い。
警戒心が足りないのではないかと、呆れてしまうが、忍び込む方から見れば面倒な事にならずに済むので、文句はない。

己の微かな足音だけをつれ、目的の部屋に辿り着く。
灯りがあるのを確認し、襖を開いた。
が、部屋の主は居ない。
布団が敷かれているから、屯所内にはいるだろう。
戻ってくるのを待つ事にして、俺は腰を下ろした。

今夜来ることは伝えていない。
戻って来て俺が居たら、驚くだろう。
想像して、少し楽しくなる。

ふぁっ、と小さく欠伸が漏れ、待っている間少し横になるかと、敷かれている布団に半身をポスンと乗せる。
僅かにあいつの香りがすることに、ホッとして目を閉じる。
足音が聞こえてきたら、起きよう。




「…い、……ざ、…」

意識の遠くで声が聞こえる。
何を言っているのか、明瞭としない。
顔に触れられてる感触。
優しいそれは頬を撫で、ついで唇をそろりと押されているような…。

「風間、起きろって」

はっきりと聞こえた声に、ゆっくり目を開けると、俺を覗き込む見慣れぬ男がいる。
いや、それは土方なのだが、感じる違和に瞬き、ふと気付く。

「お前な、いきなり来るんじゃねぇよ、驚くだろうが」

言葉は呆れた様子だが、表情は柔らかく笑みを浮かべている土方に、俺は身を起こしじっと土方を眺める。
黙ったままの俺に、土方は何だ?と問う。

「…髪を、下ろしているのを初めて見た」

常に高く結われている髪は、今はほどかれ下ろされている。
そうだったか?と聞いてくるのに頷き、手を伸ばしかけ、触れても良いかと聞けば、構わねぇよと軽く返る。

そっと土方の髪に指先で触れる。
僅かに湿り気を帯びているから、風呂上がりなのか。
濡れた髪という、常と違う感触。
指を下までおろしていき、毛先を指先にくるりと絡め、戻して、持ち上げる。

「楽しそうだな」

間近で漏れた土方の言葉を聞き流し、持ち上げた髪に顔を近付ける。
何故そうしたのか分からぬが、俺はその髪にそろりと唇を寄せた。

「っ…風間」

低い、耳に心地良い声に視線を上げる。
髪を持つ手を、土方の手が取り、ぱらりと手の内の髪が落ちる。
吐息が混じる距離に、瞼を下ろすと唇が重なる。

「んっ…」

触れる舌は熱く、甘い。
じわじわと体の内に欲を溶かし込むように、ゆるゆると舌を擦り合わせていれば、頭の芯が朧になり、土方の腕を掴む。
口付けたまま、先ほどまで横たわっていた布団の上に、再び横になり、唇が離れた。
互いの唇を繋ぐ銀糸がプツリと切れるのを見届け、土方を見上げる。
長い髪が常とは違う趣で流れ落ちてくる。
艶やかな笑みを浮かべた土方が顔を寄せてきて、ぞくりとしたものが体を走り思わず土方の唇を手で覆う。
土方は少し動きを止めるものの、直ぐに俺の手を取り退ける。

「風間?」

「髪を…結わないのか?」

俺の言葉に土方は一瞬怪訝そうに眉をしかめ、めんどくせぇと呟き、再び顔を寄せてきたが、俺の体が強張ったのを感じたのか僅かに身を離した。

「何だよ…気乗りしねぇか?」

問うてくる優しい声も、瞳も、間違いなく土方のものだというのに。
髪型一つでこうも雰囲気が変わるのかと思いつつ、軽く首を横に振る。

「その……髪を下ろしているのを、…見慣れぬから…」

「なら、今夜からちょっとづつ見慣れていきゃ良いだろ」

土方は苦笑を漏らし言う。
そう言われてしまうと、たかが髪型程度に拘る俺が馬鹿みたいに思える。
しかし、再び身を屈めてくる土方に、身構えてしまう。
違う人間に抱かれてしまうようで、心がざわつく。

「土方…やはり、髪を…」

「嫌なら、めぇ閉じてろ」

俺の言葉を軽く流す土方に、むっときて肩を押し戻す。

「嫌だ。俺は、俺を抱く貴様を見るのが好きなのだ。髪を結うくらい、たいした手間では無かろう、さっさと結え」

俺が言うと土方は呆気にとられたように、少し瞬き、ついで溜め息を吐いて俺の肩に額をのせる。
気を害しただろうか、あんな風に言うつもりでは無かったが、と不安になり土方の顔を覗き込もうとすると、楽しげな瞳が俺を見上げる。

「土方…その、」

「風間…お前なぁ、言い方はちょっとどうかと思うが、言ってる内容が可愛いよな」

クツクツと楽しそう笑う土方に虚を突かれる。

「貴様の言ってる意味が分からん」

「まぁ、今のを可愛いと思っちまう程、俺はお前に惚れてるってことだ」

返された言葉の意味は分かった。
俄に熱くなる頬に口付け、土方は身を起こし袂から出した紐で髪を纏め結い上げる。
見慣れた姿に戻った土方を、俺は抱き寄せた。









up/2016.07.24

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