恋紅酩酊記
□ほら、こっちおいでよ
1ページ/1ページ
「ほら、こっちおいでよ」
*ブログからの移行
さわさわと、草木を揺らす風の音だけが聞こえる。
今夜の空はよく晴れ、月も星も綺麗に見える。
縁側に出て、ぼんやりとその空を眺めている沖田は、感じる気配を、視線を、心地良さそうに受け止めるだけで、それに声をかけようとしない。
まるで根比べを楽しんでいるようで、沖田の口元に微かに笑みが浮かぶ。
静かに時は流れる。
先に痺れを切らしたのは、向こうだった。
暗がりから姿を表したのは風間。
少しばかり機嫌が悪そうなのは、声を掛けられるのを待っていたのかもしれない。
「やぁ、風間。良い夜だね」
沖田の明るい声に、更に不機嫌さが増した顔をして、一歩歩み寄る。
「君が屯所に来てくれるなんて、珍しいね」
表向きは敵同士ではあるが、二人はひっそりと逢瀬を重ねる恋仲。
沖田が言ったように、屯所で会うことは滅多に無い。
「貴様が、なかなか出て来れぬようだからな」
照れたように俯く風間に、沖田は笑みを深くする。
己と居る時の風間の態度は何時も可愛くて、つい意地悪をしたくなる。
気配には直ぐに気付いていたのに黙っていたのも、風間の方からもっと近付いて欲しいから。
「風間、ねぇ、僕に会いたかった?」
今の沖田は病の為に、行動が制限されてしまっていて、まだ病が何かまでは知らない土方らにも過保護なまでに接せられていた。
そんな時に夜中に屯所を抜け出そうものなら、新選組を辞めろと言われそうで、沖田は外出を控えていた。
「あんまり会えなくて、ごめんね?怒りに来た?」
今の風間の様子から、そうではない事は分かる。
それでも、言葉で聞いて安心したいし、会いたかったと、風間の口から聞きたい。
風間はまた少し沖田に近寄り、ただ心配そうに沖田を見つめる。
そんな顔をされるとは予想外だった沖田は、戸惑った声を掛ける。
「どうしたの、風間?何かあった?」
沖田の問いに小さく首を振り、風間はそっと息を吐く。
「…病なのではないのか?病人が、長々と夜風にあたるのは、良くないと思うぞ」
「あぁ…」
その風間の言葉に、沖田も納得する。
(風間は、僕の病の事をどこまで知っているんだろう)
そこまでは、問い質すことが出来ず、沖田は努めて明るい声を出す。
「風間、そんな何時までも立って居ないで、ほら、こっちおいでよ」
沖田が自身の隣の床をトントンと叩いて見せると、風間は素直に沖田の隣に腰を下ろした。
その風間の体を抱き寄せ、肩口に顔を埋める沖田を、風間は大人しく受け止める。
「風間、僕に会いたかった?」
「貴様は、どうなんだ?」
「僕?僕は風間に会いたかったよ、とても。……ねぇ、鬼は、病にならないの?」
「そうだな。滅多な事では病になどならぬな」
「そっか」
呟き、顔を上げた沖田は、酷く悲しそうに己を見つめる緋色に苦笑を溢す。
「なんで、そんな顔するの?僕はいま、君がわざわざ屯所にまで会いに来てくれて、嬉しいのに」
だから笑って、と頬に口付けを落とす沖田に、風間は恥ずかしそうに微かに笑みを浮かべる。
「仕方ないから、次からも此処に来てやる」
「本当?嬉しいな」
子供のように無邪気な笑みを返す沖田に、風間は頷く。
そんな風間を見つめ、沖田はその耳元で囁く。
「ねぇ、風間。今すぐ君を抱きたいんだけど、僕の部屋に行かない?」
囁いた耳元が赤くなって、一寸の間の後に、無言で頷いた風間の手を取り、二人は沖田の部屋へと入った。
生きている内に、君に、何度でも僕を刻みつけて
僕にも沢山君を覚えさせて
目を閉じても
君の姿がすぐに浮かぶように
焼きつけて
最期の時に
君を見つめていたいから…
終
ブログup/2011.07.13
再up/2016.02.05
.