恋紅酩酊記

□爛漫
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また、か。
と呆れた吐息が漏れた。

芹沢と会うと、だいたいの場合ろくな事が無い。
今だってそうだ。
黒い布で覆われた視界に、最早抗う気も湧かない。

先日会った晩も、こうして視界を遮られた。
その時は、情事に及ぶ前に芹沢が体調を崩してしまったので、ただ傍らに寄り添うだけだった。

今夜、その晩の仕切り直しをしようと芹沢が言ってきたので、渋々頷いたのだが。


「……ん?芹沢、ちょっと待て」

俺の両手を取った芹沢が、手首に何かを巻き付けているのを感じ、声を上げる。

「どうした、芙蓉」

「どうした、ではない。貴様、何をして……痛い、のだが」

両手首に走る痛みを訴えると芹沢の手が離れたので、合わされた手首を開こうとするも、叶わない。
縛られている。

「何故手まで縛るのだ」

「怖いか」

芹沢の手が頬に触れてきて、耳元で囁く声量で問われる。

「怖い?何故だ?」

問い返すと、クツクツと押し殺した笑い。

「何が可笑しい!」

「芙蓉……お前は、心底俺に惚れているのだな」

「なっ……それは、その、んっ」

芹沢の言葉に口ごもっていると、唇を塞がれた。
迎え入れた舌は、口内を舐め回し俺の舌に擦り合わされる。

体の内に火が点る。

口付けながらも芹沢の手は動き、着物の帯を弛め襟元をゆるりと引かれ、胸元が涼しくなる。

背に手が回され、ゆっくり傾けられていくのに抗わず布団の上へと横になった。

「は……芹沢、」

唇が離れ、荒い吐息のままに名を呼ぶ。
やはり、視界を塞がれるのは少し不安かもしれない。

「芙蓉、足を開け」

聞こえた芹沢の声に、僅かに安堵しながらそろりと膝を曲げ開いていく。
着物の滑る感触。
足の間に芹沢が身を置く気配を感じ、鼓動が早まる。

下帯の紐も解かれ、取り払われ、そこが外気に触れる。
なぜだか堪らなく恥ずかしい。
もう何度も身を交えていて、裸を見られるのは慣れている筈だというのに。
目隠しのせいだろうか。

「せ、芹沢……?」

直ぐに触れてくると思った芹沢の手が、何処にも触れてこない。
ただ、視線は感じる。

目隠しされ手首も縛られ、上は中途半端に胸元を、下は男の象徴を晒している俺の姿を、芹沢は見ているのだ。
酷く居たたまれない気持ちと、見られているだけというもどかしさに、芹沢の体に足を擦り寄せる。

「芹、ざ、ぁっ……」

唐突に芹沢の手が胸を撫でてきて、意図せず声が上がり身が震えた。
一度するりと胸を撫で、手はまた離れていく。

どくどくと、心の臓が早鐘を打つ。
次は何処に触れてくるのかと、身構える。

「芙蓉、触れて欲しいのならば、言わねば分からぬぞ?」

「っ……貴様は、なぜそう、何時も何時も俺に意地の悪い事を……」

「お前が素直に聞くから悪い」

何だ、その理由は。
俺は悪くないでは無いか。
芹沢の言う事を聞かねば酷い抱き方をされるのだ。
一度、仕置きだと鉄扇で打たれながら抱かれた事がある。

……この俺が、人間の男に此処まで許しているというのに、こいつはその有り難みを少しも分かっていない。

何も言わずにいると、両手を持ち上げられ、そこに柔らかい感触が落ちる。
チュッと音がして、指先に口付けられているらしいと知る。

「芙蓉、怒ったか?」

笑いを含む声音に無言で睨み付けてみるも、目隠しをしていては意味が無かった。

「俺は、お前を試し過ぎだな……お前が俺を受け入れるから、お前の身と心に俺を遺していきたいと思ってしまう」

「……芹沢?」

優しく降る言葉は、何時もの芹沢の言葉とは思えない程に弱気に聞こえ、俺の心を波立たせる。
ざわつく。

「触れて良いか?」

耳元でひそりと問われ、身体中に甘やかな痺れが走る。
いままで、芹沢がこんなふうに請うてきた事があっただろうか。
どんな表情で言ったのか、見れなかったのがやや残念だ。

恐らく、いま俺が拒めば芹沢は触れてこない、そう思った。
目を覆われ、手首も戒められていて、支配されているのは俺の方に見えるのに。

俺も、芹沢を支配している……。

そう考えただけで、体の奥が熱くなる。

「芹沢、……早く触れて貴様の熱で、俺を満たせ」

そう口にすると、持ち上げられていた手を下ろされ、次には胸元と太股を這う芹沢の手の感触に体が震える。

指先で肌を楽しんでいるのか、ゆっくりと俺の表面を撫でていく。

「はっ、……あ!ぁ、っ」

唐突に胸の突起をぬるりと柔らかいものが掠め、声が跳ねた。
それは一度肌から離れ、喉元へと再び戻る。
芹沢の熱い舌が、喉の隆起をなぞり下へと這う。
肩へと向かう浮き出た骨の形を確かめるように滑り、右腕の付け根に辿り着くと、きた道を戻り左肩に向かっていく。
舌が上半身を這う間も、手は腰と太股を緩やかに撫でまわす。

「んっ……芹沢っ、」

常になく酷く丁寧に施される愛撫に、身体中が蕩けていく。
芹沢が小さく笑う。

「芙蓉、見えなくとも解るだろう?己の体だ」

耳元で囁き、耳朶を舐め軽く歯を立てられる。
芹沢が何の事を言っているのか、解りたくないが、解る。
身体中の熱がそこに集中していて、硬く張りつめている。

「触れて欲しいと、滴を溢しているな」

くつりと笑い、芹沢は俺の両膝に手を置くと更に足を開かせた。

「ぁ、っ……」

制止の言葉をかける暇も無い。

芹沢の目に、今の俺の姿はどう映っているのか。
手を拘束されて、視界も奪われ、胸元を舐められただけで雄を勃たせている。一体、いつの間にこんな体になってしまったのか。

「穴もいやらしく、ひくつかせているぞ」

「……わかっ、ている…から、言うなっ」

芹沢に抱かれ覚えた快楽は、芹沢に触れられると直ぐに体の表層に浮かび、体は自然に受け入れる態勢になり内側が蠢き縁が震える。

「穴にまで滴が流れているな」

「ふっ、ぁ」

不意にそこに指を一本押し付けられ、甘ったるい声が漏れた。
差し込まれると思われた指は、ただそこに触れているだけで、動かない。

「っ……芹沢、も、……」

「あぁ、欲しそうだな、指を自ら咥え込もうと、食い付いてくる」

だから、言うなと、言っただろう。

「せ、ぁっ、あぁっ……!」

何か言い返そうと開いた口からは、意味を成さない声が出る。
一気に差し込まれた指が、ぐにぐにと内壁を押し、擦っていく。

体の内と思考を撹拌し溶かしていく。
体はすぐに物足りなさを訴えてくる。
もっと深く、もっと奥まで、と。

「んぁっ……あ、あっ、」

縛られている両手で口元を覆うが、抑えきれない声が耳に届く。
毎度の事だが、これが己の声かと耳を疑う甘えた声。
目隠しなどされなくても、目など羞恥で開けていられない。

「声を抑えるな、芙蓉」

口元の手を掴まれ下ろされた、と思うと、内に指を挿れてからは放っておかれた胸元に、またぬるぬると舌が滑る。
胸の突起を舐めて、グッと噛み付き、口内に含まれて吸われる。

「あっ、や、……ぁあっ」

内の凝りを芹沢の指が強く押してきて、びくりと体が跳ね、自身の雄が脈打ち、俺は精を放った。
腹の上に己の出した生暖かいものが掛かり、ふるりと身が震える。

荒く息を吐いていると、芹沢の手が頬を撫ぜる。

「初めてこちらだけで達したな、芙蓉」

言われて気付く。
まだ、雄には触れられていなかった。

「あっ、芹沢、ま、……」

その事の意味を考える前に、内側にある芹沢の指が更に強く凝りを擦ってきて、散らした筈の熱が戻ってくる。

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