桜下恋想記

□蝶々喃々
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暖かい陽光と、心地良い風が室内に入り込む。


新選組屯所の近藤の部屋。
今日は部屋の主だけでなく、近藤の隣には、近藤の肩に頭を預けるように風間が座していた。
二人して別々の書物を手に、静かに、ゆるゆると字を追っている。

ぱらぱらと、頁を捲る音。

「あ」

不意に小さく風間が声を上げ、近藤が視線を向けると、指先を舌でぺろりと舐める風間の姿。

「どうかしたかい、風間君」

「指を切った。が、もう治った」

差し出され、見せられた指先には傷跡一つ無い。

「鬼の治癒力とは、本当にすぐ治してしまうなぁ」

関心したように呟く近藤に、「まぁな」と短く返し、風間は再び書物に目を向けてしまう。
常にない程真剣に字を追うのは、近藤が「面白いから」と薦めた故なのか。

近藤は暫く風間を見つめていたが、何を思ったのか。
風間の腰を抱き寄せると、僅かに素肌を見せる首筋に口付ける。

「っ……近藤っ…な、何だ、急に……」

近藤の唇は、首筋を強く吸い離れる。
突然のことに頬を桜色に染めた風間が、「近藤」と咎めるように名を呼ぶが、近藤はじっと、己が口付けた首筋を見つめている。

「おい、近藤……何なのだ、一体」

風間が袖を引くと、ようやく風間と視線を合わせ、苦笑を溢す。

「うむ……やはり、消えてしまうよなぁ、と思ってね」

「え?……あ」

一瞬、何の事か分からず目を瞬かせた風間だったが、理解すると、更に頬を染める。

「……今更、何を言って…今までにも……その、改めて確認する事では……」

つまりは、鬼の治癒力で口付けの痕も消えてしまうのだ。
それを今、近藤は確認したのだ。
何度か身を交え、既に知っているにも関わらず。

「知ってはいるが……やはり少し、残念だなと思ってね」

優しく風間の頬を撫で、柔らかく微笑む。

「せめて、一日だけでも残っていてくれたら良いのになぁ」

「…お、俺は、こんな人目につく所に残っていては困るのだが」

風間はそう言いながらも、瞳を寂しそうに揺らし、俯く。

愛しい者が付けてくれる痕ならば、消えて欲しくはない。
そう思うも、己の体は心を無視して、愛しい痕すらも、最初から無かったもののように綺麗に消してしまう。

せめて一日だけ……。
そう思ってしまうのは、近藤と一緒なのだ。

風間は、ふと思いついたように顔を上げ。

「近藤、俺は、今日は何も用事は無い。今日一日ここに居てやろう」

「うん?それは嬉しいが……」

「だから」

風間は近藤の首に腕を回し、耳元で囁く。

「消えてしまうのなら、お前が、またすぐに付けると良い」

微かに声が震えているのは、照れているからだろう。
思わぬ申し出に、近藤が再び苦笑を漏らすと、風間は少し身を離す。

「おい……何を笑う」

「いや、風間君があまりに可愛い事を言ってくれるものだから」

笑う近藤に、眉を寄せる風間。
その風間の頭を撫で、髪に指を沈め、近藤はそっと顔を寄せる。

「まぁ、肌に口付けて痕を残すのも良いが、私はこちらも好きだ」

ふわりと、重ねられる唇。
柔らかく啄むように触れて、離れ、又すぐに触れてくる。
戯れるようなそれに、欲情の色はなく、慈しむような触れ合い。

何度か繰り返し、顔を離す。
一寸の間見つめ合うと、どちらともなく、笑みを溢す。

「まあ、良い。今日は一日居ることにしたのだ。お前の好きな時に、付けると良い」

微笑み、風間はそう告げると、落ちていた書物を手に、又しても近藤の体に凭れ掛かる。
再び字を追い始めた風間の頭を一度撫で、近藤もまた書物を手にする。

ぱらぱらと頁を捲る音だけが、部屋に落ちる。


口付けの痕は、残ったとて、いずれ消えてしまうのだ。
それが、すぐ、か数日後かの違い。
痕を付ける者が、消えてしまうわけではない。

互いに今、確りと相手の温もりを感じているのだから。










UP/10.10.30

最後までお読み頂き、有難うございます。

「蝶々喃々」の意味は「小声で親しげに囁き合う様。睦まじげに語り合う様。」だそうで。

ぺけ様、大変お待たせ致しました!
お気に召して頂けたら幸いです。
そして、改めて、相互本当に有難うございます。
これからも宜しくお願い致します。



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