桜下恋想記

□愛染
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桜も、満開の時期を過ぎ、ちらほらと緑が混じり始めている。
それを見上げていると、静かに背後に立つ者。

「風間……見に行かぬのですか」

何を、そう問わずとも、伝わる。

「見に行って……どうする」

今日は、近藤の斬首の日だ。
愛する者の、死に際を見ないのは、冷たいと思われるだろうか。
背後の天霧は何も言わず、来た時同様静かに去る。

見に行って、どうしたら良い。
救えないのに。

否……違う。
俺は、怖いのだ。
愛する者を、失うのが。
あの、笑みがもう見れないのが。
心地良い声も、強く抱かれた腕も、失ってしまうのが。
それと、向き合うのが、怖いのだ。

昨夜、近藤の元へ忍んで会いに行った。
救えるとしたら、昨夜が最後の機会だった。






「近藤」

暗い牢の内に声を掛けると、錠を外し中に入る。

「風間君……か?」

近寄り見た近藤の姿は、酷かった。
やつれているし、髭も伸びている。

「どうやって…いや、何故此処に」

「見張りの目を掻い潜るのは、俺には容易い。……すまない、もっと早く来たかったのだが…」

「いや……いや、風間君……会えて、良かった」

震える声で、強く手を握られる。

「ゆっくりしている暇は無い。此処を出るぞ、近藤」

言い、手を引くも、近藤は動こうとしない。

「風間君、私を此処から逃がす為に、来てくれたのだね」

「そうだ、だから…」

共に行こうと、続ける事は出来なかった。
見つめてきた瞳には、揺るぎない覚悟。

本当は、解っていた。
恐らく、共に来る事はないだろうと。
それでも、少しでも俺の言葉に揺らいでくれるならば、共に行けるかもしれないと。

「風間君」

引いていた手を逆に引かれ、抱き寄せられる。

「有難う、来てくれて……ずっと、会いたいと思っていた」

常と変わらぬ、優しい柔らかい声。

「近藤……」

「皆には悪いが、此処へ入れられてからというもの、君の事ばかり考えていた」

少し身を離し、見つめてくる。
そっと、手が、俺の目元に触れる。

「君は、意外とすぐに泣くから、心配していた」

「っ……何故、…近藤、お前……お前が、死ななければならない理由など、無いではないか……」

みっともなく、声は嗚咽混じりで、なんとか説得して、連れ出したかった。
解ってはいる。
此処から逃げ出せば、近藤の誇りは傷つくだろう。

「風間君、共に行く事は、出来ない。
けれど、今も、此れからも、君を心から愛しているよ」

「っ……お前は、本物の馬鹿だ…」

泣いては困らせるだけだと、頭で分かっていても、止めることが出来ない。
濡れる頬に、優しい口付けが落ちる。


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