桜下恋想記

□でも好き
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柔らかい頬を撫でて、唇を重ねる。
腕の中の体が、微かに震えている。
こいつでも緊張するのかと思うと、優しくしなければと、改めて思う。

好きだと口説き続け三月。
唇を許してくれたのは、それから更に二月。
長かった。

絡ませた舌を離し、ゆっくり唇も離す。
飲み込みきれなかった唾液が、僅かに口端から漏れ、濡れた唇は更に紅く、色っぽい。

「風間……良いか?」

今すぐ押し倒したい衝動を、抑える。
急いては事を仕損じる、という。
相手は風間だ。
了解を取らず手を出せば、怒らせるのは目に見えている。

「永倉…」

俺の名を呟き、迷うように視線がさまよい。
それから、小さく頷く。
それを見て、俺は再び唇を重ねた。

「んっ……」

漏れるくぐもった吐息が、甘さを含んでいて、堪らない気持ちになる。
口付けたまま、羽織に手をかけ、肩を滑らせる。
風間の体が僅かに強張るので、背を撫で安心させ、ゆっくり体重をかけ、静かに組敷く。

着物の帯に手を伸ばし、シュルと音を立て外す。
呼吸の為に唇を離すと、「あっ…」と艶のある声。

「永倉」

行灯の、少しの灯りでも分かる、上気した頬。
恥ずかしいのだろう、少し伏せられ、微かに震える長い睫毛。
着物の前を開け、素肌を露にし、少し体を起こして見つめる。
やっぱり、綺麗だ。
胸に手を滑らせ。

「風間、お前って結構着太りしてんじゃねぇ?」

「…………は?」

「いや、こうして見ると、結構細いっつーか、華奢だし、肌も白いし、すげぇスベスベしてるしよ」

正直な感想を述べると、風間は少し考え込み。

「貴様……今、俺がどれだけ…」

ぽつりと、そんな言葉が聞こえたと思ったら。
次の瞬間。
俺は、背中に痛みを感じつつ、天井を見つめていた。
風間に突き飛ばされたと分かり、慌てて身を起こす。

「風間、いきなり何すんだ…って」

風間を見ると、折角脱がしかけていた着物の前を整え、怒りの籠った瞳でもの凄い睨んでくる。

「え――と……俺、何かした?」

「永倉、そのまま大人しくしていろ。その首、今すぐ斬り落としてやろう」

「は!?……いや、ちょっ、ちょっと待てよ、風間!?」

しっかり帯まで締め直し、傍らに転がしていた刀に手を伸ばしている風間に、焦る。

「いやいや…本気か、お前」

「永倉、言っておくが、俺は普通だ」

殺気を含んだ低音で、そう言われる。
何がだ!?

「貴様が異常なのだ、覚えておけ」

「は?俺の何が異常なんだよ」

「永倉……斬られたくなければ、出ていけ」

柄に手を掛けた風間に、俺は急いで立ち上がる。
何かよく分からんが、逆らっても良い事はない。

「明日、また来るからな」

そう声をかけるも、風間はよほど怒っているのだろう。
俺の方を、見もしない。
溜め息をそっと吐いて、俺は風間の部屋を後にした。





翌日。
非番だったので、昼から風間の所に行こうかとも思ったが。
謝るにしても、怒らせた原因が分かっていないのだから、今謝っても、意味は無いだろう。
とりあえず、昨夜の己の行動を振り返る。
怒る直前までは、本当に良い感じだったので、何というか……悔しい。
何だって、あんな急に怒ったんだ?

「おい、新八……どうした、すげぇ面してんぞ?」

左之に言われ、溜め息が漏れる。
この際、誰かに相談してみるか。



「お前……本気で、分かんねぇのか?」

事のあらましを聞いた左之は、呆れた表情で俺を見てくる。

「何だよ、その目は!?お前、今ので分かるのか?」

「要するに、お前が筋肉馬鹿って事だろ」

「分かんねぇよ、それじゃ」

「……風間も男だからなぁ……お前の言った事は、年頃の女子に胸が小さいねって、言うようなもんだって事だよ」

その言葉に、思考を巡らせ。

「……華奢って言われたのが、気に食わねぇって事か?」

「お。分かったんなら、さっさと謝りに行けよ」

左之は笑って、俺の肩を叩いた。




一方、その頃風間は。

「てめぇは、何人の部屋でくつろいでんだよ」

土方の部屋で、お茶を啜っていた。

「貴様は、そうやって細かい事を気にするから、眉間の皺が増えるのではないか?
…このお茶、渋すぎるぞ」

「どっちが細けぇんだよ、人の茶勝手に飲んどいて。……ったく、何しに来たんだよ」

土方は風間の手から、空になった湯飲みを奪い取り、溜め息をつく。

「永倉と……喧嘩をして」

永倉と風間の仲は、幹部の者は知っている。
急に萎らしくなった風間に、土方は頭痛を耐えるような顔になる。


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