桜下恋想記
□幸福の笑み
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幾日も近藤と会えない日々が続き、少し苛々してきていた。
それと同時に、困惑してもいた。
何故、近藤と会えぬ事で苛立つのか。
そう、あいつの居場所は分かっているのだ。
外に居ないのなら、屯所にでも居るだろう。
会おうと思うなら、そこに会いに行けば良いだけの事。
だが、新選組の連中は俺を敵視しているので、すんなり近藤に会えるとも限らないし、見つかれば騒ぎになるだろうから、会えたとてゆっくり話も出来ぬのでは、わざわざ屯所にまで会いに行く必要はないだろう…。
そう思っていたのだが、外に出た俺の足は、自然と屯所にまで辿り着いていた。
門の前に立って、溜め息を吐く。
屯所にまで行く必要はないだろうと、今まさに考えていたというのに、何故来てしまったのか。
己の行動と思考の矛盾に、呆れてしまう。
煩い連中に見つかる前に去ろう。
踵を返したが、遅かったようで、よりにもよって一番煩い奴と鉢合わせてしまう。
「てめぇ、風間じゃねぇか…こんな所で何してやがる」
紫紺の瞳で、敵愾心を剥き出しにして睨み付けてくる。
「また千鶴にちょっかい出しに来たのか?」
こっちのでかいのは、確か原田とかいったか。
「俺が何処で何をしようと、貴様らには関係ないし、教えてやる義理もない」
「おい、関係ねぇことは無いだろ。此処はうちの屯所の真ん前だ」
「だから何だと言うのだ。新選組屯所前の道を歩く時は、貴様らから通行の許可でも取らねばならぬのか?」
「ちっ…相変わらず、むかつく奴だな…一人で新選組屯所襲撃なんて、いくら馬鹿でもしねぇよなぁ」
「どういう意味だ、それは。俺一人だったら、返り討ち出来るとでも思っているのか?」
「返り討ち出来ないと、なぜ思う?」
互いに視線を逸らす事なく、睨み合う。
やはり、面倒な事になった。
「くだらん…俺は貴様と喋りに来たのではない」
俺の言葉に、土方は眉を寄せる。
「今の言い方は、屯所に目的があって来たとも受け取れるが?」
「……近藤に会いに来たのだ。まぁ、会わずに帰るつもりだったが」
「近藤さんに、お前が一体何の用があるって言うんだ」
一層険悪な空気を放つ土方に、苛立ちが増す。
「それこそ、貴様には関係ない。…あいつが、俺と親しくなりたいと言うから俺は」
関係ないと言っておきながら、口にしてしまい、言葉を濁す。
俺の言葉に、土方は驚いた顔で黙り、何かを考えるように俯く。
この隙に去ろう。
そう思い、一歩踏み出すと、土方が顔を上げ、こう問い掛けてきた。
「お前…まさか、近藤さんに…髪に花飾られたりしたか?」
「なっ、何故貴様がそれを知っている!」
何故も何も、近藤が話した以外ないだろう。
何故、話したのか。
「おい、土方さん、花って何だよ?」
それまで黙って、事の成り行きを見守っていた原田が口を開く。
「いや……はぁ、応援したいような、したくねぇような、複雑な気分だな」
「何をわけの分からぬ事を言っている。
おい、土方…何故、それをあいつがお前に話すんだ」
「それは」
「風間君じゃないか!…それに、トシに原田君も」
土方の言葉の途中で、背後からその声が聞こえ、すぐさま振り返れば、そこに、困惑した様子で近藤が立っている。
「トシと原田君は、巡察の帰りか…お疲れ様だな、二人とも。
風間君は……なぜ、此処に?」
土方と原田に笑みを向けた後、俺に向き直った近藤は、若干気まずそうにしている。
「なぜって……俺は、その」
言いたい事は、色々あった気がする。
なのに、姿を見て、全て忘れてしまったようだ。
何をどう伝えれば良いのか、分からなくなり、口ごもった俺に、近藤が漸く笑み。
「まぁ、でも会えて良かった。風間君には、この間の事を謝りたくて、ずっと会いたいと思っていたのだ」
その言葉に、胸がトクンと音を立てる。
「…あ、会いたいと…思っていたのか」
「うむ。町に出る度に姿を探したのだが、会いたい時には、そう都合良く会えるわけではないのだな」
「……会いたいと思ったのは、この間の事を謝る為か?」
そんな理由では、嫌だと思った。