桜下恋想記

□この想いに名はつけられない
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夜空に皓皓と浮かぶ月を肴に、酒盃を傾けていたが、天霧の声で、ふっと意識を戻す。

「聞いているのですか、風間」

「聞いている。…雪村の事だろう」

一度天霧に視線をやり、再び外に視線を戻しかける途中、卓の上の小皿が視界に入る。
そこに浮かぶ、桃色の小花。

「彼女を、どうするつもりですか」

「どう、とは?」

開け放った窓から入り込む風に揺れる花は、ひどく頼りなく。

「今の貴方は、以前程彼女に興味が無いようですから」

「興味があろうと、無かろうと、女鬼は貴重だ。
力づくでも、我ら一族の元に来てもらう。それに変わりはない」

「本当に、そう思っているのですか?」

「何が言いたい、天霧」

花から天霧へ、視線を移す。

「好いた女子でも出来ましたか、風間」

天霧の口から出た言葉に、呆れてしまう。
何故そうなるのか。
くだらない。
視線を花に戻し、一応聞いておく。

「何故そう思う」

「そうですね…例えば、その花」

「ほう?この花が、なんだと言うのだ?」

この花は、近藤が俺の髪に飾ってきた花、ではなく、それと同じものだ。
あの川原で会ってから数日、近藤とは会っていない。
あの時の花は、翌日には枯れてしまった。
枯れた花を、いつまでも飾って置く趣味はない。

「枯れても、翌日には同じ花を飾っている」

「俺が花を愛でるのは、可笑しいか?」

「いえ、そういうわけではなく…誰かから貰っているのではないのですか?」

貰ってはいない。
これは、己で摘んで来たのだ。
あの川原に行けば、近藤に会えるような気がして…
会って、あの時の態度を謝ってやろうと。
だが、結局会えていないのだ。
己でも、己の取っている行動が可笑しい事は、分かっている。
一体何をやっているのか、俺は。

「それに、最近心此処に在らずといった具合に、ぼんやりしている事が多いようなので」

「天霧…お前は、俺の監視をしているのか?」

溜め息と共に返す。

「いえ…もし、貴方に好きな者が出来て、雪村殿にもう興味が無いと言うなら」

「なら、なんだと言うのだ」

「それでも良いのではないかと、少し思っただけです。惚れたのが人間の女子だというなら、鬼の血は薄まってしまうでしょうが…」

「馬鹿な事を…惚れた女子などいないし、第一相手が人間だとしたら、鬼を伴侶にする等、酷だろう」

思ったままを口にすると、天霧は驚いた表情で口を閉ざす。

「なんだ、まだ何か言いたい事があるのか?」

「貴方の口から、そのような事を聞くとは意外で…少し丸くなられたようですね」

心外な事を言ってくれる。

「もう用がないのなら、下がれ」

天霧は一度小さく頭を下げ、部屋を出ていく。


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