桜下恋想記

□見られることなき微笑
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今日は、天気が良い。
この2・3日、寒い日が続いていたので、心地好い陽気に誘われるように外に出た。


川原に行ってみれば、春を告げるように野花がちらほらと咲いている。

陽光に煌めく水面を、ぼんやりと眺める。
こんな風に、穏やかに過ごす一日も悪くない。

そう思っていたところ。

「風間君」

少し聞き慣れた声で名を呼ばれ、途端、先ほどまでの穏やかな気分が霧散する。

「近藤か」

隣に腰を下ろした男を見て、ため息が出る。
最近、外に出る度にこの男と遭遇している気がする。

「こんなところで会うとは奇遇だな、風間君」

その子供のような無邪気な笑みと、その呼び方を、最近では受け入れている己の心の変化に、舌打ちしたくなる。


「お前は、こんな所で何をしているのだ」

「天気が良いからなぁ、散歩をしていたのだ」

「…近藤、なぜお前は、こうも容易く声をかけてくるのだ」

こいつを見ていると、どうも裏があって俺に声をかけている、という様子はない。
親しげに接してくる意味が解らない。

「なぜって…もしや、迷惑だっただろうか」

「迷惑だとは言ってない。ただ理由を言えと、言っている。
薩摩の動向を、俺から引き出そうと思ってしているのなら」

「待ってくれ、風間君!!それは違うぞ」

焦ったように声を上げる。
まぁ、それは違うだろうと思っていた。
少し話せば、こいつが嘘を吐けるような器用さを持ち合わせた人間ではないことは解る。
だからこそ、俺に近づいてくる理由が解らない。

「ならば、理由はなんだ」

「参ったな、そんな誤解をされていたとは」

「お前…一つ忘れていないか?俺達は敵対している。それなのに、こうも声をかけられては、普通そう思うだろう」


「それもそうだなぁ…だが風間君、誤解しないでくれ。私は、君から薩摩の動きを探ろうなど、思ってはいない。
私はただ、君と親しくなりたいと、そう思っているだけなのだ」

「……何故、俺と親しくなりたいのだ」

問いかければ、困ったように考え込み始める。

鬼である俺と親しくなりたいなど、何故思うのか。
不思議でならない。
古来より鬼は、人間から悪だと迫害され、戦の時にはその力を利用され。
親しくなりたいと言われた事は、俺は今までに一度もない。

隣に座るこいつが、どう答えるのか。
少し興味がある。


「風間君」

呼ばれて顔を向けると、不意に近藤の手が伸びてくる。

「なっ…なんだ」

思わず身を引く。
手はすぐに離れたが、片耳の辺り妙な違和感がある。

「うむ。よく似合っている」

「は?…それより、先の問いの答えを返せ」

「考えてみたんだが…親しくなりたいと思うのに、理由は必要なんだろうか?」

「それは…」

「まあ、敢えて言うのなら…私が君を好きだから、だろう」

「そうか好きか……待て、今なんと言った」

あまりにも普通に言われ、聞き流すところだった。

「ん?好きだと言ったが」

「好きって…それは、なぜだ」

たった数度会っただけの相手だ。
好きも嫌いもないだろう。
否、一応敵対していることを思えば、どちらかといえば嫌いになるのではないのか?


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