桜下恋想記

□鬱陶しいほどの笑顔
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 昼間、薩摩の奴らと居ても退屈で、かといってすることもない。
部屋に居ても、何も面白くはないので、俺は仕方なく外に出ることにした。


 それにしても、京は人が多い。
商人は見知らぬ者にでも、気安く声をかけてくるし、客を引き寄せようと店先で大声を張り上げている者もいて、非常に騒がしい。
 鬼が隠れ住む地と、静けさが懐かしい。
人間と関わらずとも、その群れの中にいるだけで、気が滅入りそうだ。

 そんなことを思い歩いていると、見知った者が前方から歩いてくる。
貴重な存在である女鬼、雪村千鶴。
 雪村は、見たことのない男と歩いていたが、俺の姿に気付くと立ち止まる。
 それに気付いた男も立ち止まり、雪村を振り返っている。
別に今は、連れ去ろうなどと思ってはいないが、丁度良い退屈しのぎだ。
少しからかって行こう。

 前方で立ち止まった二人に構わず、俺は歩み続け、二人に近づく。


「こんな所で会うとは、奇遇だな、女鬼」

 そう話しかければ、警戒心も露わに雪村は俺を睨みつけてくる。
こいつの、こういうところが面白い。

「風間さん…こ、こんな所で何してるんですか!?」

「俺が何処で何をしていようと、お前には関係のないことだと思うが?」

 雪村の言葉にそう返すと、それまで黙っていた男が俺に視線を寄こして、口を開く。

「君が、総司に傷を負わせたという風間という者か」

「だったら何だ?仕返しでもするか?」

 言ってから、改めて男を見る。
体格も良いし、隙のない姿勢から、それなりに腕の立つ者だと思うが、人の良さそうな顔つきをしていて、どこか頼りない感じもする。
 男は、俺の言葉に何も返さずに、俺を眺めている。
下から上へと、視線が動き、そして、

「随分と綺麗な顔立ちをしているなぁ。トシも役者みたいな顔をしているが、綺麗の種類が違うようだな」

………。

「なんなのだ、貴様は。名乗りもせず他人をじろじろ見るとは、不躾にも程がある。新選組の連中は皆こうなのか?」

「あぁ、いや、すまない。気を悪くしたのなら、申し訳ない。そんなつもりで言ったのではないのだ」

 睨みつけて言えば、男は慌てたように謝罪してくる。
馬鹿なのか、この男は。

「名乗りが遅れてすまない。私は近藤勇だ。新選組の局長を務めている」

 この男が、新選組の局長…。
近藤は、俺に笑みを向けながら話してくる。

「いや、トシや総司から人間離れした力を持っていると聞いていたものだから、もっとこう、大柄で強面な男を想像していたのだ。うむ、百聞は一見に如かず。とは正にこのことだなぁ」

 一人で納得している近藤から視線を外し、オロオロと事の成り行きを見ている雪村に問いかける。

「おい、お前。本当に、こんな頼りない感じの男が、新選組の局長なのか」

「なっ…近藤さんは頼りないなんて事ありません!!強くて、優しくて、みんな本当に近藤さんを頼っていて…とても素敵な方なんですから!!」

 必死に言い放つ雪村に、近藤が笑みを向ける。

「いやぁ、雪村君にそう言われると、照れてしまうな」

 本気で照れているのだろう、肩を竦ませ、頭を掻いている。
…この男は、今の状況を分かっているのか?


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