企画小説

□20171222-土風
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*現パロ


1ヶ月の出張から帰ると、千景が「おかえり」と玄関に迎えに出てくれた。
ただいま、とスーツケースをリビングまで引いて歩き話しかける。

「いない間、何かあったか?」

「いや、特にはない」

話ながら、ふと気付く。
千景の手が少しだけ俺の服を掴んでいる。
ちらりと顔を見ると、目が合って、何だ?と不思議そうにされた。
何でもない、そう返して小さく笑う。
何事も無かったような顔をしているが、寂しかったのだろうか。

千景と同棲を始めて数年。
思えば、毎日会っていて、1ヶ月も顔を見ないなんて、初めてだった。

スーツケースを片付けてる間も、千景は俺の隣から離れないで、片付けを手伝っていた。

幸い今日は休みだから、家でゆっくりしようと、俺はリビングのソファで本を開いた。
ポスッと隣に座る千景の気配に顔を上げると、千景も読書らしく本を持っている。いや、それは別に良い。
ただ、距離がとても近い。
このソファは、千景がリビングに置くならやはりゆったり出来るのが良いと、四人はゆうに座れるソファなのだ。
無駄にでかいソファだ。
いつもはお互い両端に寄って、肘掛けに肘を預けて座っている。
それがなぜか、今はすぐ隣だ。
互いの足が触れ合う距離だ。
別にそれでも問題無いので、俺はまた書面に視線を落とした。


だいぶ読み進め、ふと顔を上げ壁時計を見る。一時間ほど経っていた。
喉が渇いたな、何か飲むかと本を閉じて立ち上がる。

「土方?」

千景の声に振り返れば、なぜか不安そうに見上げてくる。

「コーヒー淹れてくるけど、お前も飲むか?」

頷く千景の頭をポンポンと軽く叩いて、キッチンに向かう、が。
風間も後ろからついてくる。なんでだ。
振り返り、おい、と声をかけた。

「どうした、千景?」

「コーヒーを淹れるのだろう?俺も、何か手伝う」

「いや、手伝いが必要なほどの作業じゃねぇから。いいって。座って待ってろよ」

俺の言葉に千景は困った顔で躊躇うが、わかったとリビングに戻る。
その後ろ姿がどこか気落ちして見えて、戸惑う。
そんなに手伝いたかったかのか?
普段は、俺が自分の分まで淹れてくるのが当然だと思っているようなやつだ。

疑問に思いながらも、キッチンに向かった。

10分ほどでコーヒーを淹れて、リビングに戻る。
ホッとした表情をする千景に、マグカップを渡す。

「ほら、熱いから気をつけろよ」

ありがとうと素直に受け取る千景に、俺もソファに座り直し、カップを口に運ぶ。

「美味しいな」

ポツリと横からの声に千景を見る。
最近では珍しい言葉を聞いた気がする。
目が合った千景はやや気まずそうに目を逸らし、カップをテーブルに置いた。

「実はな、白状すると、貴様の居ない間、自分でコーヒーを淹れてみたのだ。だが、何度やっても貴様が淹れてくれる味にならなくてな。店で買ったものも、不味く感じるから……それで、貴様が淹れる所を見ておこうと思ったのだが…」

あぁ、だからさっき手伝うと言ってきたのか。
納得した。

「別に、なんも特別な事なんてしてねぇぞ」

市販されてる簡易式のドリップコーヒーだ。
それが店のもの(それも多分千景が飲むなら、専門店とかのやつだ)に、勝る味だとは思えない。

頷いた千景は、真面目な顔で言う。

「ああ、今気付いた。おそらく、貴様が淹れてくれたものを、貴様と一緒に飲むから美味しいのだ…気付いた、というか付き合いが長過ぎて、忘れていたのだな」

「あぁ…成る程。お前、俺が出張に行ってる間、結構寂しかったんだな」

千景の言葉に、俺も思い出す。
こういう千景の真っ直ぐな気持ちと言葉に、俺は簡単に一喜一憂してしまうんだ。
気恥ずかしくなり、茶化すような言葉を言ってしまう。
千景はムッと眉を寄せて。

「寂しいなど…子供じゃないのだぞ」

「いや、でも今日はやたら俺にくっついてるだろ」

今もそうだ。
コーヒーを淹れて戻ってきた俺がソファに座ると、すかさず距離を詰めてきたのだ。
帰宅してきた時も、服を掴んできたりしていた。
俺が言うと、千景は黙り、みるみる顔を赤くしていく。

「き…気付かなかった…」

気付かなかっただと?なんだ、そりゃ、つまり無意識か?
無意識に俺にくっついてきてた?

「お前それは、かわいいだろ」

堪らなくなって、抱きしめると、腕の内の千景から「男に可愛いはないだろう」と返る。

「あぁ、じゃあ、言い換えてやるよ。愛しいな、お前は」

「う…土方、俺が1ヶ月寂しかったと気付かせたのは貴様だぞ、ちゃんと埋め合わせはするのだろうな?」

間近で睨み付けてくるが、赤いままの頬では照れ隠しなのがばればれだ。

「ああ、任せろ。今日一日たっぷり甘やかしてやるよ」

言ってから額に口付ければ、千景は俯いて小さく呟く。ばっちり聞こえた。『かっこいい、好き』だ。俺は笑って、更に強く抱きしめる。

さて、どうやって甘やかしてやろうか、この可愛い恋人を。





おしまい
up/2017.12.22

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