企画小説

□20171218-沖風
1ページ/1ページ


「逃げないの?」

楽しげに問う翡翠の瞳を見上げた俺は、眉根が寄るのを感じた。
両手は沖田の両手に包まれている。

「なぜ俺が、貴様から逃げなければならんのだ」

些か腹が立ち、それが声に滲むが、構うものか。
わざわざ出向いてやったというのに、逃げないの?とは、どういうつもりだ。

「なぜって、僕ら敵同士でしょ、一応」

「貴様の手など、俺が本気になれば容易く振りほどいて、一瞬で刀も抜ける」

沖田の意図が分からないが、事実を告げる。
こんな人間の手など、直ぐに振りほどけるのだ。
温かく柔らかい手が、俺の手の甲を撫でる。
ふぅん、とおかしな返事をした沖田は、両手を離した。

「はい、どうぞ」

笑みを浮かべたままの言葉に、首を傾げる。
なにが「はい、どうぞ」なのか。

「一瞬で刀も抜けるんでしょ?」

「…抜いて欲しいのか?」

「ううん。君がそう言うから、僕と斬り合いたいのかなって」

おどけて言う沖田に苛立ちが募る。

「俺は、貴様に会いに来たのだ、斬り合いに来たのではない」

この男は、俺と恋仲のはずなのだが、違ったのだろうか。
いや、好きだと確かに言われているし、身を契ってもいる。
いまも、普通に会話をしていたのだ。
突然沖田が近寄り俺の手を取って「逃げないの?」と聞いてきた。
一体何だというのだ、俺が何かこいつの気に入らない発言をしただろうか。

考えていると、沖田がくすくすと笑い出す。

「ごめんね、風間、からかっただけだよ、そんな不安そうな顔しないで」

「…なんだと?」

その言葉に怒りを感じて、睨み付けるが沖田は平気そうに続ける。

「だって君、話してる間、物欲しそうに僕を見てるのに、なにも言わないから」

怒りは消えて、羞恥が襲ってくる。
俺は一体どんな顔をしてこいつを見ていたのか。分からない。
ただ、言われてみれば、僅かに空いた距離が寂しいと考えていた気がする。

「お、俺は、別に物欲しそうになど、」

「うん。物じゃなくて、僕が、欲しいのかなって」

不意に抱きしめてくる腕に、身構える。
沖田は俺よりも上背があるせいか、そうされると少し落ち着かないのだ。
柔らかい新緑色の瞳が、真っ直ぐ見下ろしてくる。

「ねぇ風間、僕にどうして欲しい?」

「どう、とは」

「して欲しいこと、ないの?」

問われて、考える。
腕の内は温かい。
両手で両手を包まれている時よりも。
俺はそっと沖田の衣を掴む。

「もう少し、このままでいろ」

このような事を言うのは面映ゆく、俯いてしまうが、沖田の返事は。

「もう、風間ってば!こういう時は、口付けしたい、とか言うべきじゃない?」

それを聞いて、沖田がその言葉を言わせたかったのだと気付いた。
ならば俺からは言うまい。

「それは貴様がしたいのだろう?」

「そうだよ」

挑発するように言った俺に、沖田はあっさりと頷いて、俺の返事も待たずに唇を重ねてきた。
すぐに離れた唇に、物足りなさを感じ沖田を見上げると、悪戯好きの子供みたいな笑みで、次は風間から、と言われる。

「俺は、……口付けだけでは、足りぬ」

そう返して、俺は沖田に口付けた。





おしまい
up/2017.12.18

.



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ