Story
□I need you
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私は必要とされているのかな。
周囲の人達や、社会や、もっと大きく言えば、この世界に。
私は必要とされているのかな。
辛いことがあって落ち込む度に考えてしまう。
私なんか、いてもいなくてもどうでもいい存在なんじゃないかって。
考えてしまう。
例えば眠れない夜に。
泣きたくなってしまう。
例えば生活の隙間に。
そして例えば、こんな日に……−−−−
「−−−−もう、勤めてどれくらいだっけ。」
いかにも仕事が出来る女性の容姿をした上司の宮本さんが、仕事でミスをした私に、小さく溜息を吐いてそう言った。
私は顔を上げられず、私より背の高い宮本さんがどんな顔をしているのか見えなかった。
見るのが、怖かった。
「2年……です……。」
「だよね。 でもこのミスは、新人ならまあ許されるレベルだと思うんだけど。 私が覚えてる限りは、木村さん、もうこれ3度目じゃなかったかな。 2年目って、新人じゃないよね。」
言葉を返せなかった。
まったくその通りだったから。
私はますます俯いて、謝罪の言葉を必死に探す。
けれど宮本さんは容赦なく言葉をぶつけてきた。
「……あのさあ、前から思ってたんだけど、木村さんって仕事ちゃんと覚える気ある? いつもぼやーっとしてるし、同じミスは繰り返すし。 正直……仕事ナメてるようにしか見えないんだけど。」
その言葉は胸にグサリと突き刺さる。
怒られることはしょっちゅうだったけど、こんな風に言われることは初めてだったから。
「木村さん、気弱そうだから言いにくかったけど、あなた本当にひどいからね? お茶入れてコピー取ってればいいOLなんて、今の時代必要無いんだから。 高卒で木村さんより安い給料で働いてる子達に申し訳ないと思わない? ねえ、聞いてるの?」
「は……はい……。」
私はただ『はい』としか返事が出来なくて、その後は嫌な沈黙が流れる。
すると宮本さんはまた溜息を吐き、『もういいわ』と無造作に書類を突き返してきた。
私は慌てて深く頭を下げ謝罪しようとすると、上から宮本さんのいよいよ冷たい声が降ってくる。
「あなたが辞めても、会社は別に困らない。 やる気が無いなら辞めた方がいいんじゃない。 雇った以上、会社からは簡単にクビ切れないだけなんだから。」
「−−−−−−−−」
私は、頭を下げたまま固まってしまった。
ひどい、何もそこまで言わなくても……−−−−
私は泣きそうになるのをグッと堪え、なんとか『すみませんでした』と小さく声を絞り出す。
そして突き返された書類を胸に自分のデスクへと早足で戻った。
椅子に座り、書類を見つめて私は必死で泣くのを我慢する。
宮本さんのデスクから見えるこの場所で泣いたりしたら、きっとまた彼女を苛つかせてしまう。
すると隣の席の同僚の女の子が声をかけてきた。
「お疲れ〜。 なにもみんなに聞こえるような声で、あんなこと言わなくてもいいのにね。」
「桜井さん……。」
桜井さんは私と同期の子で、とろくて仕事の出来ない私にも優しく明るく接してくれる。
「ううん……、悪いのは私だから。」
「んーー、そっか。 じゃあ頑張ろうね。 あたしもフォローするしさ。」
桜井は明るく笑ってそう言ってくれた。
励ましてくれるのは嬉しい。
嬉しいんだけど……
「桜井くん、ちょっとこれ急ぎでやってもらっていい?」
「あ、はいはーい、任せて下さい。」
スッと私達の席に来た男性の上司に軽く仕事を頼まれ、桜井さんはそれを軽い感じで受け取った。
でも私は知っている。
その仕事は私なんかには到底振ってもらえないような、責任ある仕事だということを。
同じ同期でも私と桜井さんでは、大違いだ。
彼女は仕事が出来て、上司からも後輩からも信頼されている。
そんな彼女に励まされても、正直惨めな気持ちになるだけだ。
けれど女性の少ないこの職場で、心の支えになる存在も彼女以外にいないことも正直なところで。
「桜井さん、あの……よかったら仕事の後、ご飯とか……。 仕事の相談とか、乗って欲しいんだけど……。」
私が自分から誰かを食事に誘うことなんて滅多に無い。
勇気を出して桜井さんにすがってしまうほど、さっきの宮本さんの叱咤が堪えたようだ。
けれど桜井さんは申し訳なさそうに言った。
「あ、ごめん。 友達と先約があってさ。 また今度ね。」
「……そっか。 ううん、大丈夫。」
あっさり断られて、私は簡単に落ち込んだ。
友達との先約があるなら仕方無いのに。
私は『友達』じゃないのかな。
なんて、私こそ桜井さんを『友達』と改めて思ったことなんて無いくせに。
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