Story

□少年だった
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大学を卒業し、社会人になって3年になる。
僕は地元から少し離れた街で、建築デザイン事務所に勤めていた。
仕事は主に商業店舗の設計・デザイン。
この業界では、3年の経験があろうが、僕程度の人間はまだ下っ端も下っ端なのだけれど。
建築士の資格をなんとか手に入れたこともあり、少しずつ小規模な店舗の設計を任せられるようになってきた。

しかし、毎日、駄目出しの嵐。
やり直しの繰り返し。
今日も、事務所の代表である上司に提出した図面は訂正・再検討の指示で真っ赤になって返ってきた。

それを手に自分の席に戻ると、デスクの上には、僕専用のマグカップでいれられたコーヒーが置かれていた。

すると後ろから声を掛けられる。



「−−−−お疲れ様です。」

「ああ、友恵ちゃんか。」



アルバイトで入っている、学生の女の子だ。
どうやらコーヒーをいれてくれたのは彼女らしい。



「またやり直しですか?」

「まあね。 いつものことだから、なんてこと無いけど。」

「でもそれ、締切までもう日無いんじゃありませんでしたっけ。」

「……なんとかなるよ。 コーヒー、ありがとう。」



友恵ちゃんは『手伝えることがあったら言って下さいね』と微笑むと、自分のデスクに戻って行った。

彼女は僕が卒業した大学の4年生で、1年前から勉強も兼ねて、この事務所でアルバイトをしている。
優秀な子で、卒業後はここで働くことがすでに内定している、有望な人材だ。

そしてたぶん、彼女は僕に好意を抱いてくれている。

一応、これまで女性と付き合ったことは何度かある僕だけれど、正直モテるわけでは無い。
どちらかというと冴えない分類であろう僕に、友恵ちゃんのような若くて可愛い子が好意を抱いてくれることは不思議ではあるが、嬉しいことだ。

『お前から言ってやれよ、友恵ちゃん、待ってんじゃないの』
−−−−この間、同僚からもそんな風に言われているものだから、僕はだんだんその気になってきて。

とりあえず近いうちに食事にでも誘ってみようか。
来月の予定はどうなっていたっけと、手帳の月スケジュールのページを開いた時だった。


僕の目に入る、青のペンで書き込まれた、あの約束。




『4月4日 午後の3時 ブルーノートで』




中学の卒業式で、好きになった女の子と交わした10年越しの約束だ。

僕らは互いをほとんど知ることなく、僕らはただひそかに見つめ合っていた。
初め、それはおそらく偶然で。
それからはお遊びのように続き、いずれ何かを秘めるようになった。

そして卒業式のあの日、両想いであったことを確認しあった僕らだったけれど、付き合うことはせず、大人になってから再会することを約束したのだった。

言い出したのは僕だ。
『いずれ別れてしまうような若気の至りのような恋を、君としたくはないから』と。



佐藤は、覚えているだろうか。
守る義務は無い、不確かなあの約束を。





友恵ちゃんがいれてくれたコーヒーを飲みながら、僕はまた手帳を開き、青いペン書きの文字を眺めていた。

僕はこの約束を覚えている。

いや、覚えているというよりも、忘れまいとしてきた。

あの日から毎年、年の変わり目になると、新しいカレンダーに青いペンで約束のことを書き込んだ。
大人になり、手帳を持ち出してからはそのスケジュール欄に。


約束を忘れた日など無い、とは言えない。
忘れていた日々の方が遥かに多い。

けれど僕は毎年、少なくとも2回は思い出す。
年の変わり目と、4月になるその時に。

去年までは『〜年後』とカウントダウンまで書き込まれていた。
それは毎年数を減らし、今年とうとう書く必要が無くなった。



「( −−−−今年……なんだよな )」



そう、約束は今年。
今年の4月4日、午後の3時に喫茶店ブルーノートで待ち合わせ。

あと4日で、その日がやってくる。



それを意識してから僕は、そのことばかり考えているのだ。

どうか佐藤も同じであって欲しいと期待する自分がいる。
そして、あんな約束を覚えているのは自分だけでは無いだろうかと考えて、馬鹿らしくなる。

その、繰り返し。


そしてそれは、約束の日が近付くたびに現実味を帯びてきて。
僕をそわそわさせた。



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