Story

□また会おう
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喫茶店ブルーノートは、私が通っていた中学校から長い坂を下ったところにある。
農業をやっている初老の夫婦が、趣味で始めたという小さな店だ。
私が中学生の頃にはすでにその場所の空気に溶け込んでいたその店は、私が25歳になった今も変わらずにそこにあった。

ヒビが入り、白い色がくすんだ壁も。
適当に生やしているだけの、店先の庭の植物達も。
手作りの看板も。
なんだか薄暗い店内も。
少しもお洒落じゃないし、下手したら営業していないようにも見える。
でもブルーノートは昔からそうだった。

中学生の頃はこんなところより都会にあるようなお洒落な喫茶店に憧れていた。
田舎だから仕方ないと、そんな風に思っていたけれど。
ほぼ10年ぶりに来てみれば、ここはこれで完璧なのかもしれない、なんて思えて少し可笑しかった。


あの頃は苦いという理由だけで嫌いだったから味なんて分からなかったけれど、今日のコーヒーは意外に美味しい。
店主はどうやら息子さんに引き継がれたようだった。
見覚えの無い顔の中年の店主に聞くと、親父の頃からずっと同じ風に煎れてますよと笑われた。
こんな美味しいコーヒーを当時の私は、格好付ける為に無理して飲んでいたかと思うと恥ずかしい。

それを飲みながら、私はゆっくり昔のことを思い出す。



中学の頃、ここで寄り道をするのは上級生の特権だった。
学校のあった日に1年生がその店にいるのを見られたら、生意気だと目を付けられる。
2年生は先に3年生が店にいる時は遠慮しなくてはいけなかったし、後から3年生が来ると途端に片身が狭くなり早々に立ち去ることになる。
今思えば、そんな風にしなくてはいけない理由が分からない。
一体そんなくだらない風習をどの年代辺りの人達が作ったんだろう。
でも私達は当時、田舎の中学校という小さな世界で、たくさんの子供じみた上下関係の決まりごとに怯えたり、逆に盾にしたりして生活していた。


そしてスカートの丈を校則より少しだけ短くしてみたりする一部の女子達にとって、恋をするのは必須科目のようなもので。
そして私も一応、そんな一部の女子達の片隅に位置していた。

同級生の人気者に恋したり。
幼なじみと気恥ずかしい雰囲気になったり。
ひっそりと先輩に想いを寄せたり、逆に先輩から声をかけられて舞い上がったり。
中には若い教師に恋をしている子もいた。
私の周りの子は、みんなそんな風に恋をしていたっけ。



そして、私も。



みんなは、告白したりされたり、『見てるだけでいいの』なんて言いつつ地味にアプローチしてみたり、すごい子はキスだのそれ以上だの進んじゃったとキャアキャア騒いだりしていたけれど。


私は違った。
相手にも言わず、友人にも相談せず、じっとじっと、想いを胸に伏せていた。


別にその子達を子供だと馬鹿にしていたわけでも無い。
自分は大人だと勘違いしていたわけでも無い。


ただあの時の広瀬君への気持ちは、なんだか口に出してしまうには『勿体ない』。
不思議とそう感じていた。
だから誰にも言わなかった。


それに当時の私は、彼と恋人になりたいだとか近付きたいとかそれ以上のことをしたいとか、そういう類のことは一切望まなかったのだ。

ただ彼が好きだと感じた。
それだけだった。




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