ボクとキミの夏の空

□知らなくていいこと
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まるで


二人を隔てる壁が出来たみたいだ…






◇◇◇

朝カーテンを開くと、雨が降っていた。
夏に入ってから、久しぶりの雨。
傘立ての傘をとって、家を出た。
歩くたびに雨水が足元にはねる。そのせいで、制服のズボンが少し濡れてしまった。

「‥‥‥」

ボー‥と朝の通学路を、一人で歩く。
いつもなら、隣にもう一人いるのだが……。



今日…山内が来なかった。
いつも俺が家を出ると、必ず外にいて、俺に笑いかけるあいつが。

今日はいなかった…。

普段ならかき込みながら食べる朝食も、今日はゆっくり噛んで食べた。
それでも、山内は来なかった…。


「…風邪…か?」

暑さのあまり、夏風邪をひいたのかもしれない…。
毎日遅くまで、部活をしている様だし‥
山内のお姉さんから聞いた話だが、俺を迎えにいくために早起きをしているらしい。

「……」

今日、とりあえず学校が終わったら見舞いにでもいくか…と、いつもより重い足取りで学校への道を歩いていると、ふと前に黒い車が止まっているのが見えた…。
金持ちが乗るような長い車体の車。
下手に関わりたくないな‥と思い、避けるように端を歩いていると、中から見たことのある制服の奴が出てきた…。

「……?!」

…それは…。
紛れもなく、今日俺を迎えに来なかった、山内本人だった。

「…やま…」

山内、と呼ぼうと開いた口は途中で閉じてしまう。
山内の後に、一人の男性が出てきたからだ。
びしっと、何の乱れもなく着こなしたスーツ…。寝癖ひとつ付かないような、整えられた髪。
何より…その人の放つ雰囲気が、近寄り難い印象をうけた…。

俺が、少し離れた位置で二人を見ていると、山内の隣に立っている男性が、おもむろに財布を出した。
カードがびっしりと入っている財布から、一・二万ほど抜き取ると、それを山内に渡した。

「…好きに使いなさい」

「‥‥‥」


俺は…
その時の山内に違和感を覚えた。
いつもいつも、
誰に対しても笑いかけている山内…。どんな苦手な相手でも笑顔を絶やさない。

…どんな苦手な相手でも、だ。


今の山内は…



笑っていなかった…。



無表情にその男性を見つめていて…



でもその瞳には、何もうつしてなんかいなかった……。



「…ありがとうございます」



冷めたようにお礼を言って、そのままこちらの方に歩いてくる。

「‥‥‥っ!」

何故か、今の山内には会っちゃいけない気がして、慌てて隠れようとする。

パシャ…。


「……ぁ」


しまった…と思った時はもう遅かった。
動揺して、持っていた傘が地面へと落ちる。

その音を聞いて、山内がこっちを見た。
驚いた顔。
瞳には、戸惑いと困惑がうかんでいた。

「‥‥‥おは‥よう」

咄嗟に、口から出たのは掠れた声…。
何故だか上手く山内を見ることが出来なかった。
そんな俺とは裏腹に、山内はすぐ、いつもの笑顔になって

「‥おはよう!」

と返してきた。

「‥‥‥」


(よかった…。いつもの山内だ…)

俺はホッとして、山内の元に駆け寄る。視界の端に黒い車が映って、まだあの男性がいることに気付いた…。

「今日…遅かったな。寝坊したのか?」

「あ〜‥ごめん…!そうなんだ〜」

あはは、と苦笑する山内は、やはりいつもの山内で。
さっき見たのは、見間違いだったのかもしれないと思った…。

「…そうか…」

「うん。本当に‥ごめんね?」

両手を合わせて、必死に謝ってくる山内に、俺も苦笑をもらした。

「‥いいよ。それより…今日は、送ってもらったのか?あのスーツの人に」

俺が何気なく疑問を訪ねると、山内は笑ったまま固まった…。

そして、

その笑みを崩さずに、ゆったりとした口調で言う。



「‥‥東雲くんには………関係ないよ」



「………え…?」



その言葉と表情が合っていなくて…
聞き間違いかと思い、聞き返す。
でも、返ってくる応えは同じだった…。


「‥関係‥ないよ。東雲くんには…。何も、関係ない」



今、俺の目の前で山内は笑っている。いつものように人当たりの良い笑顔で。

でも…

目が、笑っていなかった。
眼鏡のフレームの奥に隠された瞳がいっている…。

『関わるな』

と。


‥‥‥山内の傘から、雫が跳ねた。
パシャっと弾かれた雫は。俺の目にかかる。
驚いて思わず目を閉じてしまった。
そして。次に開いた時には、いつもの笑顔を浮かべた山内がいた…。

「…行こっか…?学校、遅刻しちゃうよ」

にっこりと笑って、俺の手をとる。
そのままグイグイと引っ張られて、俺はつられて歩き出した。
最後に一回だけ後ろを振り返ると、まだあの人が立っていた…。


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