ボクとキミの夏の空
□過去と現在の俺たち
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<過去の君と俺>
利用して、利用されるだけの関係なんて…嫌だから…
◇◇◇
いつからだろう。
毎日繰り返される日常を、くだらないと思ったのは‥。
俺は五人兄弟の次男で、とくに長男ほど期待をされた訳でもなく。だからといって末っ子の三男ほど、甘やかされた訳でもなく…。
言うなれば、『中間』だった。
曖昧だが、一番楽だと思う。極度に期待もされず、甘やかされることもない。
中間。どちらとも言えない、微妙な位置。
でも俺はそれが好きだった。
小さい頃から面倒なことが嫌いで、極力その手のことは避けてきたと思う。
目立つことも好きではなかった。
だから、勉強は程よくした。毎日やるなんて、面倒くさかったから。
運動もある程度出来た。
あまり活躍はしなかったけれど。
目立つのは、嫌い。
その分だけ期待される。
期待されても応えられない。何せ、俺は極度の飽き性で。
極度の、人嫌いだから‥‥‥。
でも、俺はそんな想いは顔には出さない。出せば、相手は裏を返したように機嫌が悪くなり、裏で何を言われるかわかったもんじゃない。
作り笑いを浮かべるより、もっと面倒になる。
だから…。
笑っていればいい。
相手に合わせて相槌をうって、適当に話して、適当にリアクションをとって、適当に笑えばいい…。
人は相手の心なんてよめないから。
自分の話を聞いてくれたのかと錯覚して、内心喜んでいる。嬉しい、と思っている…。
俺が、こんなことを考えているとも気付かずに‥‥。
「あははっ‥!東雲くん、面白いね」
今だって、ほら、きっと騙される。
いつも同じ。適当な対応。適当な日常。
俺の人生は、適当そのものだ…。
「‥‥‥ょ」
「…?えっ…ごめん、何?」
意識が集中してなかったせいか、小さく発せられた声を聞き逃してしまった。
(‥‥‥ま、いっか)
どうせ、この後何を言われるかくらい予想はつく。
自分の話を聞いてもらえなかったことに苛立ち、文句を言われるか。
或いは、そのまま言い直して話を続けるか。
(…東雲くんの場合…後者だろうな)
内心、怒っていても面(表)に出さない…。俺と同じ…。
案外、この手のタイプはやりにくい。でも、東雲くんとはそれでもいい気がする。
何でだろう?
俺がまた意識を違う方に集中していると、案の定。東雲くんは怒りもせず、言い直してくれた。
しかし。それは俺の予想とは違っていた…。
「‥‥‥無理して笑うなよ」
「‥‥‥‥は?」
予想外の言葉に、思わず地が出た。
しまった‥と思い、慌てて笑顔をつくる。勿論、いつものように顔には出さずに。
ところが…次に東雲くんが発した言葉によって、俺の笑顔は完全に消えた…。
「…面白いなんて心にも思っても無いこと、言うなよ。嘘っぽい」
無表情に告げる言葉は、どんなに口がうまい奴が言った言葉より、俺の心に響いた気がした…。
それは他でもない‥俺の心を見透かしたような、真実の言葉だったから‥‥‥。
予想外の事態、予想外の言葉に俺が固まっていると、東雲くんは続けて話し出した…。
「‥‥大して面白くもないのに笑ったり。聞いてもないのに聞いてる振りをしたり。お前、それで楽しいのか…?」
「‥‥‥」
黙ってる俺をチラッと見て、またすぐ視線を外した。
「…確かに、それは楽だよな。でも‥‥そんなの所詮、嘘でしかない。お前はそれでいいのかもしれない…けど」
床を見ていた視線をゆっくり上げて、俺と視線を合わせる。
「…それって、自分の想いを本気で誰かに話したことがないってじゃないのか…?」
「‥‥‥っ!」
ドキッと心臓が跳ねた。
静まり返った二人きりの教室に…静かな声が響く。
「話しても、本心から聞いてない。適度に対応して、適当に生きてる。
…違うか…?」
「‥ち‥‥違っ」
やっと反論の言葉が口から出た。でもそれは、ひどく掠れていてあまり意味がなかった。
口の中がカラカラに乾いている気がする…。
心なしか、息をするのも辛く感じた。
「…お前は孤立している。俺と同じくらい…お前も孤立してる。表面でいくら仲良くしても…心までは干渉しない。
だから‥‥‥俺に、構うんだろう…?似たもの同士だから…」
「違う…!!」
勢いよく立ち上がったせいで、机の上に置いていたノートや筆箱が床に落ちた。
大して叫んだ訳でもないのに、息が上がる。
(…苦しい、)
何が、苦しいのか…
自分でもよくわからない。けど‥‥
「‥‥そんな利用するために、一緒にいるわけじゃないよ‥っ」
「‥‥‥」
初めてかもしれない。
こんな風に、つくった表情じゃなく、泣きそうになるのは。
嘘じゃなく、本心から思ったのは。
…東雲くんといると、初めてばかりだ…。
気づかされることが沢山ある。見落として来たものを、教えてくれる。気付かせてくれる。
「…俺、東雲くんを利用しようとしたことなんて、一度もない…っ!!」
信じてほしい。
本当に、本心からの言葉だから。
もし、ここで否定されたら…多分、立ち直れない。
また誰も信じられなくなる。
縋るような想いで、東雲くんを見つめるとしばらくの無言の後、
「‥‥‥あっそ…」
と冷たく言い放って、席を立ってしまった。
(‥‥‥やばい)
本当に、立ち直れないかもしれない。
友達だと、密かに思っていた相手の冷たい言葉は、俺の胸に深く刺さった。
…むしろ、抉った。
下を向き、泣く姿を見せるもんかと奮闘していると、帰り支度を終えた東雲くんがぶっきらぼうに言った。
「…利用、してないならいい…」
言った途端、風のように教室から出ていってしまった。
驚いて顔を上げた時、微かに見えた赤い耳は、たぶん見間違いじゃない……。
「‥‥っ!待っ‥待って…!!」
珍しく、照れている東雲くんの後を追いながら、いつまでもこんな風に言い合えたらいいな、なんて密かに心の中で願った。
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