「なあ先輩、やっぱもっかい話した方が」 「あーもー煩いなあ!ほっといてよ」 「八つ当たりっすか」 「そうよ八つ当たりよ悪うございましたね阿部のこんにゃろ」 叫ぶ彼女に付き合うのも程々に、嘆息してちらりとあちらに目を遣る。どこまで世話かけるんだこの人らは。 「…すんげー顔でこっち見てますよ」 「今さら榛名なんて怖くない!もうあんなのあたしの敵じゃない!天敵だもん!」 「結局敵なんじゃねーかバカ」 びっくう。心でごねてみても、体は正直だ。素直に驚く反応を見せてしまう。 「げ」 「よう」 瞬間移動ですか榛名さん!いつの間にそんな高度な技を覚えたの…じゃなくて。 「…あ、あああ阿部くんはいずこへ?」 まずい。一番してはいけないことをやってしまった。目の前の彼は相当ご立腹だ。やばい。あたしは、知らない内に消えた阿部をネタに白々しくも話題を変えようと持っていく。 ですが、しかし。 「知らねーよ」 榛名もその手に乗ってくれる程簡単なやつじゃない。あっさりそして簡潔にかわされてしまった。 あたしはじりりと一歩、後ろに下がった。試合の内容、スコアなどを事細かく記したファイルをぐっと抱える。もうこうなってしまえば残る手段は唯ひとつ。…逃げる! 「行かなきゃ!ほら、今日は偵察みたいなもんでここに来たけど今から帰って練習あるし、」 また一歩下がったあたしの腕を、榛名はぱしっと掴んだ。 「おんなじ」 「な、何が」 たじろぐあたしの目には、いつもそこにいた榛名とはまた違う榛名が映っていた。 偉そうで、俺様で、我が儘で、何かにつけて文句言い散らして。中学卒業してから二年、同時に、あたしと榛名が終わってからも二年。 なんで、なんでよ。変わってないんでしょ。だったらどうして。 「…は、るな」 どうして、そんな顔してあたしを見るの。 「なんで俺から逃げんだよ!俺フるときだって、高校決めるときだって、なんで勝手にどっか行っちゃったんだよ!」 怒鳴る榛名の目を真っ直ぐ見ることができる程あたしに勇気は無くて。ただただ聞こえる言葉に耳だけ貸すことしかできない。あたしの腕を掴んでいる力はそんなに強くはなかった。だからその手で、何かを紛らわすようにスカートの裾をぎゅっと握った。 「お前は俺と別れて西浦行ってせーせーしたかもしんねぇけど!」 ぐ、と榛名が息を呑むのが視界の端っこに揺らめいた。 「…そんならなんで今泣いてんだよ。なんでまだマネジなんかやって野球の側にいんだよ」 あたしは確信した。急に威勢のなくなった声に、あたしは弱い。溢れた涙も止まってくれそうにない。 「俺はまだ、好きだよお前んこと」 「…っ」 必死に抑えていた嗚咽が漏れそうになる。だけど、まだ必死で堪えて唇をかみしめた。 好き。あたしには、その言葉だけで充分だよ。 榛名がゆるゆると腕を掴んだ手を離した途端に、あたしは榛名に抱き付いた。ごめん、好き。呟くように発したこの声は、ちゃんと届いたのかな。 にぎってゆるめた 10.01.23 |