step

□あ、嘘じゃなくなった
1ページ/1ページ



「阿部?」
「わ、先輩」

いつもの面子と帰り道。わいわいと歩いていたとき、ふいに耳に入ってきた懐かしい声。

「やっほー。久しぶり」
「なん、」
「だれだれっ?」

興味津々な田島が顔を覗かせる。

「えっ、てか」
「すンげー美人!阿部の元カノとか?」

水谷もヘッドホンを外して身を乗り出した。それに倣うようにして、大勢がざわめく。

「ちっげーよ!つか俺がしゃべろーとしてんだろ!?」

横で、わーありがとーなんて呑気に受け答えてるやつもいるし。話の腰を折るとかなんたら言う前に、しゃべらせてくんないとか、ほんとこいつらなんつーかあーもうムカつく。

「阿部ー、そんな全力否定されたらあたし立場ないじゃん」

そう言って彼女は口を尖らせた。

「え、そんなつもりじゃ」
「嘘うそ。分かってるってば」

焦るわー。この人の機嫌を軽く損ねでもしたら、後の対応に兎に角困る。

「はじめましてー。野球部の人たち?」
「そー!西浦の野球部!」
「お二人はどういったご関係で?」

さっきからそこしか気にしていないのが丸見えだ。はあーと盛大に嘆息し、少し、髪をかきあげた。

「ん?阿部と?え、どうって」
「俺の中学んときの先輩だよ」

えっ、と言って、田島と水谷は俺と彼女の顔を交互に見る。

「年上じゃん」

ぼそっと泉が呟いた。三橋はあっち向いてキョロキョロ、こっち向いてオドオド。

「そーいうこと。だから、お前らシツレーなんだって」
「まああたしは別に気にしないんだけどねー」
「先輩気にしなさそうっすもんね」
「うん。よく分かってんじゃん」

笑ってぽんぽんと俺の肩を叩くその手も変わらない。白くて、細くて。触れたその部分だけ、ほんのりと熱を帯びた気がした。

「仲いーんすね」
「わりと仲いーよね」
「そーすかね」
「うん多分」

言葉ひとつずつに喜ぶ自分が少し女々しいとは思う。でも、なんとも言えない嬉しさが滲み出てくるのも否めない。ニヤつきを隠すのに、手で口元を押さえた。うし、と泉が声を発した。

「それじゃあお邪魔な俺らは退散しよーぜ」
「えー折角おもろいもン見れると思ったのに」
「よく考えろ田島。明日の方が、からかいがいはあるぞ」

な、と見事に諭し、んじゃと全員を連れ帰ってしまったのはほんの一瞬のこと。



「いい子だねあの子」
「空気読みましたね」
「うん。でも明日阿部大変そーだね。ちゅーしたくらいなら嘘ついてもいいよ」
「なっ、そんなん言いませんって」
「なんで。折角あたしの許可下りたんだよー。見栄張っちゃいなよ」
「いやいやいや」

何を言い出すかと思えば。確かにその、先輩とのそんなんは中1の時からの憧れだったし、でもそんないきなり。

「もったいな」
「…女の子がそんなん言っちゃダメですよ」
「あーい」

とりあえず冗談の延長として考えとこうと思っていると、そういえばさ、という言葉と共にばちんと目が合った。

「阿部一年見ない内にまたおっきくなったよねー。何センチ?」
「170っす」

言われてみると、見下ろし加減が前とは違う気がしなくもない。前はもうちょっと顔が近かったのに、今は丁度、彼女の頭が俺の肩辺りにある。

「うわ、あたしと15センチも差あるし。阿部が入学したての頃なんて、あたしより小さくて細っこかったのに」
「いや、細さはやっぱ先輩が勝ってたんじゃないすか」
「いやいやー。あたしの中2のときなんて、食欲絶頂期だったからね。まじで」

このスタイルで、食欲絶頂期が聞いて呆れる。記憶の中の先輩も、改めて見た先輩も、やっぱりそんなに差はなくて。

「んであの細さなら文句ないっしょ」
「はいはいあたしを持ち上げるのはここまでー」
「お世辞じゃないっすよ」
「うん分かったありがとう、でも照れるからもうやめにしよう」

そう言って、口元までをマフラーにうずめ、顔を隠す。伏せ目がちな瞳は綺麗で、伸びた睫も長い。
変わらない。二年経った、今でさえも。それでもやっぱり、大人っぽくなってしまったことは認めざるを得なくて、また少し遠くなったのかと思うとなんだかやるせなくて、自分が子供に思えて仕方がなくて。

「わ、もう8時過ぎだ。阿部大丈夫?」
「明日オフだし、全然大丈夫っす。先輩こそ」
「あたしも平気、ありがとー。てか今日初めて日付け見たかも」

そう言って、もう一度携帯のディスプレイを眺めた。

「まじすか」
「まじまじ。もう11日かあ、早いねほんと…11日?じゅーにがつじゅういちンち!!阿部!!」
「はい?」

唐突に止まった彼女に釣られて俺の足も止まる。

「誕生日じゃん、おめでとー!ごめんね今の今まで気付かなかった」
「いや、嬉しい、です。あざっす、よく覚えてましたよね」
「あたしの記憶力なめちゃだめだよー。ましてや阿部の誕生日だもんね。そうそう忘れないって」

とか言いつつ日付見てなかったら意味ないんだけど、とけらけら笑ってまた歩き出す。ん、ちょっと待てよそれって。

「先輩」
「まー、うん。ここはちょっと自惚れて考えてみて。んでその気になったらあたしに会いに来て」

少し悪戯な目をして口角を上げる彼女を見ると、いてもたってもいられなくなってしまって。ぐっと呑み込んで落ち着こうとするけれど、そんなもんじゃなかなか自分を抑えきれない。どうしても理性が勝ってしまう。
駆られた衝動に身を任せてみる。するといつの間にか少し屈んで、そっと彼女と唇を重ねる自分がいた。




これが、自惚れて考えてみた答えかなと。





09.12.11 happy birthday!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ