◇ジロ跡text【2】◇

□what would U like FOR Christmas?
3ページ/4ページ

「つーか‥ね、ね、」
と、前をゆく跡部のブレザーの袖口を引いた。
「アーン?」
「あとべン家っていくつツリーあんの‥?あ、ホラ、いまの部屋にもあったし」
「さあ‥」
いくつもあってはいけないのかという表情(かお)で、答えると、そういえば私室にも、ふたつ三つあったなと思い、笑った。慈郎もつられて笑ってしまった。
さて、夜ともなると気温は著しく下がるものだが、この跡部邸には無縁のようで、ウワサの床暖房というのだろうか。
下からも上からも暖かい空気で溢れていて心地良いのだ。
慈郎の家など、玄関で上着の全てを脱いでしまったなら、寒くて仕方がなくなってしまうものだ。そもそも、部屋へ入るまえから室内が適温に保たれているというのが慈郎に言わせれば素晴らしい、らしい。
「お前ん家にはツリーはねえの?」
「あるよ〜。妹がそういうの好きだからさっ。でも、あとべン家みたくたくさんはねえなあ」
「はは、確かにウチは多すぎかもな」
そう言っている内に、慈郎にとっても、見慣れたドアの前に来た。
跡部は、ドアの前で少しだけ佇まいを直すと、チラと背後の慈郎の方を向いてから、開け放ったドアの中へと引っ張り込んだ。
「わ…あ‥」
その日の慈郎にとって、見慣れていた風景は、ある意味ドアのみだったようだ。
そこはまるで別天地。
豪奢に輝くエントランス・ホールとは打って変わり、厳かな雰囲気さえ感ぜられた。
というのも、灯りを絞られたルームライトと、蝋燭の明かりが静かに照らすその下には、セッティングされたディナーの数々が出来立てよろしく湯気を立てている。
「すげえ…、あとべ、すげえな!」
瞳をきらきらとさせ、率直に感情を表現している慈郎に、跡部は眩しそうに目を細めると、擽ったそうに笑った。
「ほら、そっち座れよ」
テーブルや、ソファーはいつもの通りなはずなのに、これまたどこか違った印象を受けるのはやはり照明の所為なのだろう。
それから、目の前の彼の雰囲気も、どこか違う、と慈郎は思った。
「ねえ、」
即されたまま、跡部と、隣合って皮のソファーに座り込むと慈郎は聞いた。
「これって全部、跡部の住んでたイギリスのごはんなの?」
目の前に繰り広げられている食事は、一目で西洋のものだとわかるメニューだったからだ。
「ああ、…それも、クリスマスの定番だな。取ってやろうか」
そう言って、跡部は器用にナイフやフォークを使い分け前菜やポテトを2人分に取り分けた。
「それから、シャンパンな」
小さなグラスに注がれる透明な液体の、細かい気泡を立てる様子を、どこか夢心地で見つめていた慈郎は、これまた即されるままに受け取って、跡部の静かなコールによってそれを一気に飲み干した。

シャンパンの小気味良い炭酸に酔っているわけではない。
それでも雰囲気に酔ったのか、止められなかった。

「マジ、もォ、こんな食ったの初めてかも‥」
メインディッシュからデザートまでをひと通り食べ尽くした慈郎はソファーに背を預けて沈み込んだ。
「お前、腹8分って言葉知らねえのかよ‥」
呆れたように呟いた跡部は、そんな慈郎がおかしくて仕方がない。
それから何の気なく、座高低く座り倒(こ)けている慈郎の額にかかる髪を梳いている指を頬の辺りにまで這わせて、柔らかい頬を包み込んだ。
「ジロー、満腹だからって寝ンなよ‥」
囁きを聞くと、慈郎は目を開いてパチパチと瞬きをした。
「日本じゃあクリスマスは、‥恋人の日なんだろ‥?‥ああ、目ぇ覚めたみてえだな」
瞬きの合間に見える慈郎の双瞳には、照れと情欲の色がハッキリと伺えたのを受けて、跡部は満足そうに笑った。そうして跡部は腰を曲げ、背もたれには腕を沿え、慈郎の唇に自らのものを近づけていった。
薄闇で、感覚が掴めない。
思い掛けないときに互いの鼻先が触れ、跡部は角度を僅かに変えて更に近付いた。
やがて湿った吐息が混ざった途端に、瑞々しい唇が合わさった瞬間の温度差も、ものの1秒で溶け込んだ。
跡部は、慈郎の頬に触れていた掌で慈郎の唇を開かせるように動くと直ぐに開いた口腔へと、自らの舌先を滑り込ませた。
静かな室内に響いた水音も、心地良く耳を侵していく。
「……はっ、…‥あとべ、」
いつの間にか首周りに絡んでいた、慈郎の腕のお陰で体勢の立てようがなくなっている跡部は、一寸も離れていない慈郎の唇へと再度近づける。
それ以外道はなかったからだ。
「な、もっと、お前のこと教えろ‥」
「おしえたげるよ、ぜんぶ!だから、あとべも‥、カレンダーとか、パイの他にも ちっさいころの習慣もっと、おしえて‥?」
慈郎は、彼のシャツの端から掌を滑り込ませ、滑らかな肌を愛しむように撫で上げた。その度にピクリと動く彼の反応に気を良くしては、愛撫を仕掛けていく。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ