◇ジロ跡text【2】◇

□what would U like FOR Christmas?
2ページ/4ページ

『 きょうのはマカロンだった 』

しかし1ヶ月もの間、毎日こういった類のメールを送られ続けている跡部には、何か思うところがあるらしく、人知れず笑みが零れてしまうのは無理もない。文章の他に、カラフルなイラストでデコレートされているのが慈郎らしいと跡部は更に笑う。
今日は日課となったメールの他にも、時間を改めて届いていたメールがあった。差出人は変わらず、慈郎だ。
「なあユーシ、ンなモン持ち込んだら‥また跡部から何か言われんぜ」
今しがた跡部と鳳が試合を行なった隣のコートでは、忍足と岳人が入っている。
ラケット片手に、半袖のジャージを肩の辺りまで腕まくりをしている岳人はさっきから準備万端であるのに対し、忍足は自らの携帯を手に、何やら忙(せわ)しく文字盤を叩いているのだ。
またか、と堪りかねた岳人が言ったが意に介すところなく、更にはしゃあしゃあとこんなことを言う始末だ。
「ええやん、部活でなし‥…ちゅーか、跡部もあの通りや‥」
と、顎で跡部の方を示すと、なるほど、ベンチに座る跡部も、長い脚をゆったりと組み、指先が携帯の文字盤を動いている。
しかし跡部はコートまで持ち込まない。‥更に、彼の名誉の為に弁を取るならば、跡部は部活中とあらば、持ち込んだとて電源を落としていることを知っている。
それを理由にして、この忍足に言おうとしたが、言ったところで何になるわけでもない。部活中であっても、忍足はこんな調子なのだからと、岳人は諦めた。
だが、急かすのは別だ。
「もー!ユーシ!はやく試合やろーぜッ」



what would U like FOR Christmas?


キッカリ15時までテニスコートに居た跡部は、それから真っ直ぐに自宅を目指していた。
跡部の自宅は、駅から歩いて15分ほどの高台にある。
ここは都内にあって、都会の喧騒からは切り離された、閑静な高級住宅地だ。
駅から跡部邸へと繋がる通りには慈郎の家があり、まもなく慈郎の家の前に差し掛かるという頃に、跡部は見慣れた金髪が門前にしゃがんでいるのを見止めた。
「おかえり〜」
跡部の姿を見止めると、彼はへらりと笑い、暢気な声を出した。
「お前‥ずっと、外に居たのかよ」
目の前の慈郎が身に着けているものといえば一応それらしく、コートと、首元にはマフラーを巻いてはいるが、外灯に照らされている頬や鼻頭がほんのり赤く染まっている。
それを見て、呆れながら跡部は言った。
「でも、ホントさっきだよ。帰るの4時くらいだって言ってたから‥」
冬の夕暮れは早いのだ。
16時を半分ほど越えた今、こうして話している間にも、ダークグレイと、目元に映える家々のイルミネーションの光が混じっては交差している。
「おら、行くぜ」
いよいよイルミネーションの輝きが増したように思うので、跡部は白い吐息を吐きながら言い放つと、返事も待たずに歩き出した。
慌てて続く慈郎は、白い箱を下げている。
「なああとべ、あのあとべが言ってたのにしちゃった」
跡部が、小首を傾げるような仕草をしたので慈郎はいよいよ上機嫌になり、跡部の横に並んで彼を見上げた。
「ほら、ミンスパイってやつ。イギリスじゃあクリスマスに食うんだよね?」
一概にイギリスの伝統家庭料理と言えど、今では日本でも気軽に食べられるメニューとなっている。
こういうイベント時、各店の販売戦法から言っても、各国の時節メニューを取り揃える店が増えるのも頷ける。
慈郎が、午後の日の高い頃に起き上がり、駅の傍にあるマーケットモールに足を向ければ、こうして目当てのものが手に入れられるのだ。
「ふっ、よく覚えてたな‥クリスマスにゃ定番のメニューだからな、俺も毎年食べてたんだ」
跡部の自宅には、今は誰も居ない。
正確に言えば、数人の執事は居るのだが、両親は揃って渡英していた。
クリスマスとは親戚家族と共に過ごすものだという家の方針から、イギリスにある親戚宅へと出向くのだ。
昨年同様に跡部も行くことになっていたが、秋も終わりに近付いたある日、慈郎が何の気なく言った言葉によって、こうして、跡部は日本の邸宅に残ることを決めたのだった。

そうこうしているうちに、2人は、高台輝く跡部邸へと着いた。
輝くというのは決して比喩ではなく、電飾によって、本当に輝いているものでその豪奢な様子は、この近所に住む者にとっても話に色を添える自慢のタネとなっているらしい。
外装の電飾の類もさることながら、屋敷の中へ跡部に次いで入った慈郎の目に飛び込んできたのはクリスマスカラーが散りばめられた装飾の数々だった。
吹き抜けのエントランス・ホールの中央に座する大きなモミの木のツリーを中心として、天井には幾重もの電飾が静かに瞬いている。ここは遊園地かと、慈郎が目を丸くしていると先を進み掛けていた跡部が振り返り名を呼んだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ