◇ジロ跡text【2】◇

□Valentine★kiss (A LOVING KISS)
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当月2順目の木曜は、雪が空を染めていた。

今をもって雪が降り勇んでいるというのに、慈郎は眼下に広がるであろう雪景色を見ていない。
時刻は9時AM。さいしょの授業が始まっているころだ。そんなことを、まるで人ごとのように考えているあいだにも時間は刻々と過ぎゆくもので、時間をあらわす無機質な黒文字は0から1へと変わっていった。
2 0 0 8 年 2 月 1 4 日 木 曜 日 9 : 0 1
(天気は、ゆき)
こんな天気では学校へ行くのも大変だ。
(だって、昨日から降ってたし)
そう思いながら、慈郎は携帯のバックライトを頼りに、時刻と日付けとを眺めては満足そうに口元を綻ばせた。ついでにいうならば、この天候も慈郎にとっては味方以外のなにものでもなかった。
カーテンの吊るし具の合間から洩れる光も、相も変わらず白銀だ。
(そうだ)
ライトが失せたと同時に携帯を放り、静かに寝返りを打つと、もういちど慈郎は、今につながる昨夜の道を振り返ってみた。


Valentine★kiss (A LOVING KISS)


彼のいるこの部屋の一角には一面の大きな窓がはめ込んであるが、それも今は冬用の生地の厚いカーテンで隠されているので外の様子はわからない。それでも慈郎が、夜が明けても雪が降り続けていることを知れたのは、正しくは携帯に表示される雪だるまマークのアイコンによるものだけどそれがなくとも「雪が降っている感じ」が、慈郎に天気を告げている。
何のことはない。
(ほら、また)
適温に保たれた室内では、冷えた空気を感じることはできないが、屋根や木々に積もった雪が地面に落ちてゆく音が時折聞こえるのだからこのアイコンは正しいのだろう。雪ときけば何とはなしに飛び出して、アイコンよろしく雪だるまのひとつでもこしらえたいという衝動に駆られないでもない。
(でも)
そんなことをしたらこの雪が台無しになってしまうじゃないかと慈郎は思う。
眠気すら、静けさ保つ雪の朝。
(これは、全部ゆきのおかげかもしれない)
「ん。‥なああとべ」
スクールバッグの端っこを掴んで呼び止めれば、目のまえを悠々と歩む彼はまるで慈郎がこれから何を伝えようとしているのかを知っているかのように空を仰いで立ち止まった。
「ゆき」
「、だな」
しばらく、夕焼けを越え薄白んできた天を眺めていた跡部は、その後ろでいまだに上方を見つめている慈郎の方を一瞥し、ふたたび帰宅の路を進んで行く。
「コレ、積もるかなー」
尋ねても、跡部はもう立ち止まって空を見上げるつもりはないようで、僅かに早まった歩調に合わせながら雪を見るのも大変だ。街には人の影すらもなく、ただ静かに雪は降り落ちる。
「さあな」
「積もるとおもう?」
今しがた降り始めたばかりの雪に対し、積もるか否かの判断を下せというのもどうかとは思うが別に、正しい答えが欲しいわけではない。知るかよ、と言いたそうな軽いジェスチュアと共に発せられた「さあ‥積もるんじゃねえの?」という返答に、思いつきで飛びついたのが彼の運の尽きだった。
「ふーん‥そんじゃ今日はあとべン家泊まらして?‥だめ?なんで。寒いし眠いしつかれたCー!雪が降んなら泊まるもん。きまり!」
(って言って、強引に勝ち得た時間のなかに、既にチラつくカラフルリボン。俺は、それらの正体を知っていたから、)
雪と天井の格子柄。ヴィロードのカーテンに艶めいた髪。あとべの家の石鹸の香りが、まだ手の中に残ってる。
(しずかにしてなきゃ。せめて、時間がすぎるまで)
扇状に拡がっている色素の薄い睫から透明な雫が湛えられていたのを見たときは、あのカーテンの吊るし具から覗いだ空も変わらず調子の白銀で、それはいつもであれば朝ごはんを食べているような時間だった。
(結局あとべが寝たのは8時のころで、いくら体力のあるあとべとしても回復するには時間がかかると思われる。それはぜんぶ、ゆきが降ったからだ。去年のあとべを知っているからだ。そのときの、自分のきもちを覚えているからだ。だから、)
時刻は優に9時12、キッカリ過ぎて13分。
すべてを雪のせいにして、少しだけ腫れた目元にめがけて小さなキッス。
(今日いちにちは、あとべの全部が俺のもの)

END.
「Valentine★kiss (A LOVING KISS)」
20080214

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