◇ジロ跡text【2】◇

□ジャーニー
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「ジロー!」
もう我慢の限界だ、という表情をありありと見せ、うしろを歩く金髪を嗜めた。…がそれも既に遅かったようだ。もとより少ない旅費の入ったガマ口は見る見る間にかるくなり、かわりに慈郎の手のなかにはご当地スウィーツが現われては消えていった。
ここは小さなマーケット。
木々の緑とパラソルの青が今日の晴天と混じり合い、ことさら、活気あふれる街角に仕立て上げていた。
日曜とはいえ午前中のことだのに、既に人で賑わっている。その中を、ふたり合わせても、目ぼしいものといえば慈郎が首から下げているガマ口タイプの財布とラケット2本という身軽な出で立ちで見物を決め込んでいるが、今日だけは、ただの物見見物で終わらせてはいけないのだ。
マーケットとはいえ、田舎町のことだから店舗と住居を同じくしているものが多い。そのため、彼らのように資金の捻出に困るものにとってはありがたいことにB&Bのような合理的な寝床には困らない場所だ。また、短期での仕事も多かった。しかし、働こうという意思がいたる面で空回りをするようで、そのほうもあまり当てにはできないのが現状だ。しかし探さないわけにはいかないのでこうして朝から足を運んでいる次第だ。
さて、朝のジェロミーマーケットは、焼きたてブレッドとスウィーツの宝庫である。それに食指を動かされないほうがどうかしているのかもしれない。
「てめえまだ食うのか」
硬質の音がするたびに、甘い香りが鼻孔を擽っては消えてゆく。跡部とて、本気で怒っているわけではないのだが、自らがストッパーにならずして何ができようとこころに決めて、嗜めるつもりで振り返ったとて、何を勘違いしたのか慈郎は、ニコニコとそれまで頬張っていたアップル・クランブルのピースを差し出してくるものだから叶わない。全くどうしてくれようかと、これからの旅費の算出にも頭が痛いことこのうえないと、こめかみを押さえる跡部だが、そんな苦悩は露知らず。慈郎は、脇を流れていくワゴンのパフォーマンスを目で追うことに余念がない。
そして、ガマ口を開く音がする。
跡部とて出費を切り詰めることを考えたこともない環境で育ってきたのだけれど、今回だけは別だ。なにしろ、昨日までで当分の旅費が底をついてしまったのだ。
パチン。
金髪は、こんどは2オンス分のタフィの袋詰めを手にしたようだ。
さあ。いよいよこれからどうしようと、ジャケットのポケットに手を突っ込み思案するふうに上を向いた跡部だが、途端に、このような状況に置かれている自分の境遇が面白くなってきて笑ってしまった。
「わ、」
急に立ち止まった跡部の背に軽く打つかった慈郎は額を押さえている。
「ジロー」
「‥わかった、もォ終わりにするって」
ハートに彩られたセロファンに詰まっているタフィを取られじと構えた慈郎目掛けて不敵な笑みを投げた跡部は、改めて上空を示した。
「違う。見ろ、今日はこの街じゃ大会があるみたいだぜ」
と、跡部の打って変わった機嫌の理由を慈郎はイマイチ飲み込めなかったが、アーチにかかる横幕に踊る文字を見た途端にすべてがわかってしまった。
「おー賞金もでるじゃん」
格好の稼ぎごとを前にして、慈郎はタフィを噛むことも忘れているようだ。見上げる瞳は、今まで以上に輝いていた。
「ジロー、今のうちたっぷり腹ごしらえしておけ!そのかわり‥準優勝は絶対に取れ」
「イエッサー!…って、なに、俺が優勝だよ」
それは、時間はあるが資金が底をついたサニーサンディの11時のこと。
その数時間後には、対戦者のほとんどにラブ・ゲームで勝利をつかみ、トロフィーと賞金とを勝ち得たふたりは、のらりくらりと街を後にしたことを付け加えておこう。

END.
「ジャーニー」
20080217

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