◇ジロ跡text【2】◇

□跡部B.D.企画TEXT2006no.5
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秋晴れ。

小柄で真ん丸の雲が、細かく細かく細切れて、何処迄も続いている様子をベンチに仰向けになって見詰めている慈郎をこそりと見ているのは跡部。
跡部は、本を開いて一応目線を走らせてはいるが、情景は何ら閃く筈も無く只、隣で寝そべる慈郎の脚の折り曲げた膝が時折打つかって痛いだとかそういった細かい事が気になっている。

気を張る日常からは逸脱している穏やかな状況も、嫌いじゃなかった。

天空に広がる雲は、ひとつは小柄でも、密集しているが為に、先程迄の抜ける様な青が隠れてしまったが、陽を隠す程では無く、夕刻も間近の跡部邸。跡部の私室から繋がるこのテラスに出て、ふたり静かな刻を過ごしていた。


「二十一、二十二ィ‥」
慈郎はといえば相も変わらず天を仰いでは目を凝らして数を数える真っ最中。
大抵が三十を越えると始めへと戻るのに、それなのにこれで何順目か。
「二、三、しィ〜五‥」
小慣れた口は淀み無く、それでも緩やかなペースで数え唄を紡ぎ出している。

そもそも跡部は室内で読書をしていたのだ。
それなのに、何かに釣られてテラスへ出て行った慈郎が喧しく自分を呼んだから、集中の波打ち際 その内に集積されたイマジネイションの輪を抜けてわざわざ外に迄出て来た訳で。
「十三ー十四ぃー十‥」
「九」
「――‥十、五‥十、」
「八」
「…………」
読書への執着なぞ疾に失せ、ベンチの背凭れに深く背を預けると跡部は栞(しおり)を玩び始めた。
「…二十五ぉ、二十〜‥」
「イチ」
慈郎の数えるに合わせて在らぬ数値を呟くと、数度目で漸く慈郎は数えるのを諦め、口を噤むと意識の半分を跡部へと手向けた。
「、……よっ‥ッと」
ベンチが僅かに軋む音を立てて慈郎が起き上がったのに合わせて視線を遣る。
「なぁに、ヒマなの?」
「まさか」
「ヒマならあとべも数えてよあの雲たち」
ふ、っと笑うと 慈郎は再び空を仰いでは、眩しそうに目を細めていた。
「閑なら尚更数えたくねえな、眠くなっちまう」
-慈郎が。
「あ〜確かにね。ねみい訳だ」
-ほら見ろ。
で無くとも昼寝には持って来いの状況が揃っているのだ。慈郎ならば眠らぬ訳が無い。
「ホントはね、さっき、すげえキレーな空があってさあー真っ青でね、」
そう。
空の青がとても綺麗だと跡部は呼ばれた筈であったのだが、慈郎の中ではそれはすっかり過去の事と成り、跡部が渋々とテラスへと姿を現した頃には慈郎は既に眼前に広がり始めていた高積雲に夢中になっていた。
その様子は一瞥しただけでも、声を掛けても無駄だと悟り、独り語散た後に隣に腰を掛け、部屋から持ち出した本を開いたというのに。
「でも、風に乗ってね、」
それなのに、本には集中が出来なくて、だからといって空を見上げては慈郎の様に、雲を数える事に熱を傾ける気分でも無い。
「ひつじがたくさん歩いて来たからさぁ‥数えてるンだけどハヤイのね、進むのが」

空に浮かぶはひつじ雲。
風と共に進みゆく雲は、何時の間にか、遮る物が何ら無い視界に列を成し埋め尽くしてしまっていた。
「どんだけ居んだろ〜ねー」
雲を急かす強い風は、まるでひつじの群れを追う牧羊犬。
ゆったりと、それでも使命の様に、それらを数える慈郎は差し詰め牧場の主と云ったところか。
実際は天が眩しいが故の表情は、雲も風も混ぜこぜに、ひつじと手懐けたる犬を見詰めている様な慈しみに満ちた表情にも見えなくは無い。

何処か現実からは逸脱しているところに居る慈郎が見える。

その頃、跡部の握る栞が、髪の毛がそして服も靡き始めた。

ひゅうひゅうと風が鳴く。
空気が変わる。

強い強い一陣の風が吹き、雲の流れも変わった。

「わあ‥違う雲も来ちゃったー」
風の強さに触発されて慈郎は遠くへと目を凝らすと、太陽の色も変わりゆく中で、棚引く様な雲が遠くにまみえたのだ。
「ひつじは気まぐれみたい」
呟きが終わる直後に、慈郎の視点が変わった。
「へっ?!」
素っ頓狂な声を上げた後、咄嗟に掴んだ跡部の腕を改めて掴み直す。
「なに」
「最後まで数えてやれよ」
「え?」
跡部は慈郎の顎を掴み、僅かに顔を背けさせては慈郎が空を見える様、自分の影で覆ってしまわぬ様に、固定した。
「‥あ、雲、…を?」
寝そべっていた先程と何ら変わらぬ様、再び仰向けに。
体の上には跡部の体。
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