◇ジロ跡text【2】◇

□december
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それは早朝で、呼気も凍てつく寒さがとりわけ好きになった瞬間。



寒くて寒さに悴む掌。
縮こまって猫背気味に歩くオレの前を、寒さ等気に掛けない様子で歩むあとべに付いて行くのもリタイアしそう。
寒いのが眠気を呼ぶって言うのはホントウだと思う。
元々が酷く眠いから欠伸が出る。
涙が出て余計に、冷たい風は目に沁みるんだよねー。
目を瞬かせながらもそもそと歩いていたら途端に聞き馴れた声が。
「ジロー、早く、」
あとべからのゲキ。
「んー!」
振り返り立ち止まる姿を影が描いたのを見ながらすかさず言葉を投げ返して、ちらりと、見上げたら、あとべと目が合った。



早朝の、早過ぎる登校だった。
大切な試合の前だから朝練の開始時刻が早まった。
朝練が早まるそれに伴なって、誰よりも早くコートへ入っていたいあとべの登校時刻が早まるのもわかっていて一緒に行こうと提案をしたのは紛れも無くオレだった………、‥かな‥?朝練に熱心な方では決して無いオレを咎める様な口調で進んだ会話の応酬は、終始、台詞を誘導されていた様にも思えるけれど。
それも今となってはどちらでも良い事で、こうして一緒に登校できるのは嬉しくて、楽しい‥うん、たのし‥、うーん…眠くなければ尚良しのミクロン。
更に、寒くなければもっと良いンだけど。

オレは再び掌へと意識を向けた。
オレから見える片方の掌は、悴んで、指の先はもう真っ赤だ。
それを殊更に握り締めていると、今度は手首とコートとの隙間や首元から入り込む空気が肺を振るわせるから堪らない。…ああ、そうか。
「………」
あとべは後ろにも、目でも付いてンのか。
それか耳が果てしなく利くのか。
そのどちらでもあり、勘の良さも手伝ってあとべは振り返ったという事が、同じく立ち止まり、自分のコートのボタンに集中しているオレはわかった。
あとべの事に関してはオレだって勘が良く働くんだ。
「‥あと、…いっこ、」
「おう」
「あ、あれ…?」
寒さの所為か何なのか、思考が上手く回っていないみたいだ。
羽織っただけのコート。
それに宝の持ち腐れだ。マフラーも手袋も、初めっから自分の手の中にあったらしい。
「オレ、手袋とか、持ってきてたみたい」
ここ迄言うと、あとべは酷く呆れた表情(かお)をしてひとたび進んだ道を戻って来た。
尚も、手にある物たちをひらひらさせていたらあとべの手が伸びてくる。
「‥まだ寝惚けてんのかよ。さっき早く着けろっつっただろうが」
オレの家からまだ数分と離れていない場所だった。
防寒具の装備を強化させるべき時期であり、オレだってここ最近はみっつのジンギ‥みみあてとかマフラーと、それから手袋を身に着けていたけれど、今日は何しろ慌ててたのだ。
「あー‥」
オレはもう、笑うしか無い。
「もっと早く歩けってゆってんだとおもってた」
あとべが家に迎えに来るのはよくある事だけど、外に出る迄もなく寒過ぎるとわかる外界に、あとべをずっと待たせるワケにはいかないっしょ。
……って、思って防寒具を引っ掴んで飛び出して来たんだった。
「見てる方が寒々しい」
言い終わるや否や、溜息を付けるのも忘れない。
呼気の証が白く白く立ち昇ってゆく。今の寒さが一様に表れている光景だった。
珍しく、それも歩道の真ん中でマフラーを巻いてくれているあとべに感動しつつ、むしろ照れもあって、あとべが呼吸をする度に昇る気体の行方を眺めていた。顎の下の辺りでひと巻きをしようと上を向かせるものだから、どうすればイイの、正面にはあとべの顔。
照れているオレは必然的に、更に上方にある空(くう)へと彷徨わせるしかなかったワケ。
空気に紛れてやがて消えていくそれをずっと眺めていたオレだけど、オレが僅かに動くだけで手元が狂うらしいあとべが、何も言わず苦笑気味に笑ったのだけは見えた。
終わった後、みみあてまで着けてもらって、それから共に歩き出す。
「あったけえー」
オレは、色んな意味で上機嫌。
きっと頬は赤いはず。一気に体中が温まった気がした。
「耳、寒くねえの?あとべ」
大抵の同級生は、みみあて迄は着けないけれど。
「そこ、さむそー」
「別に」
オレらが口を開く度に棚引くはやはり、白い気体。
笑いながら、あとべが答えるトキにもやっぱり白いのが立ち昇る。
「赤くなってるよ」
笑いながらオレの方を僅かに向いてくれたから、見上げるオレからも良く見えて、だから何かの衝動が生まれたんだろうね。
「…、‥」
耳元へと思わず手を伸ばしたら、一瞬の間。そしてすぐに笑って、もう一度別にと言ったあとべだけど、びっくりどっきりしていたのは何となくわかった。
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