◇ジロ跡text【2】◇

□福は内 鬼は孕み、熟み落とせ
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何つー夢だ。


暖冬。
纏う冷気の中、ふわりと香った季節風に春が入り混じると感ずるのは決して誤りでは無いだろう。
葉も無き枝を仰いではそう思う。
太古の理を詠むならば、節の変わり目は余計に邪気が溢るると云う。
そうだ。
きっと、それもこれもあれだって、只の気の迷いかもしれない。

終始渋い表情を貼り付けている跡部は自問自答の末行き着く結果が、複雑な過程を経てもどうにも一様に同じ結論を現す事に些か腹を立てていた。
時節逝く途(みち)来(きた)る道。

光へは従順を捧ぐべく日。
だがこれは、只の気の迷いであるという選択もできたのだ。


一日常の繰り返しから外れてしまった今日という日を跡部は何処か他人事の様。冷静に、それ故真剣に見据えていた。
陽は昇り益々輝いだ。
こんな容赦の無い照り返しは御勘弁。
「…、」
光に目を細めれば眠気でも誘うのか、欠伸を噛み殺すのは何度目になるのだろう。
眠気等疾(と)うに失せているというのに付き纏うこの気は何物だ。
これも邪気の類だと云うのなら、先の夢観し戯れも、全てがコレの所為だとして相殺されるのだがそうで無いと云い切れる因も感じている為性質(たち)が悪い。
ああ、それすらも邪気か。


結果から云うと寝坊をした。
遅刻をしている、この俺が。
現実は現実であり、自らを過信していた訳ではあるまいが寝坊が因で遅刻をする等持っての外だった。実際数年に及ぶ学生生活の中で初めての出来事だ。
言い訳なんて、恰好悪ィ。
遅刻の件についてはそう、しかと自分を見詰め戒める事ができるのだが直接的な理由には蓋をして沈めてしまいたかった。
夢を観た。
季節感の無き夢だった。景色の全てがモノクロで、掴み処も無くて、只感覚だけが研ぎ澄まされていたのだ。嗅覚が、聴覚も。
粗筋は既遅し。日常に還ってあやふやで、だからこそ残り香だけが斯様に目立つのだろうか。
但しこれは夢でしか無し。
連れて馨りも消えて逝く。

夢は、夢。
それだけだ。

一路の結論に一息を吐(つ)く、そして暖かい陽と冷たい空気を共に吸い込んだ。
同じだった。
あやふやのままのフローチャートもこの現実も。

馨り。
馨りに触発される。
それは一種の蟲の報せでもあった。
「あ」
この手の予感は期せずとも叶う物であり、前方を歩むは馴染みの金髪。金髪が声を発した。
のらりくらりと歩を繋ぐ彼の調子を掴めぬままに、あれやこれや。
「あとべだ」
彼の声。
「……」
「何何なにしてんの?」
音も無い、荒ぶモンスーン。
行き先は同じ学び舎で、奴とて遅刻をしているのだろう。
その位は想定内、だがしかし、こうも巡り会わなくとも良いだろうに。
「同じ理由、だな」
「オレと」
「ああ」
自分と同じ理由があると云うならば、跡部も寝坊をしたという事なのだが。
慈郎は、大きな瞳を細めては跡部の顔を見上げた。天上を遮る物等無くて、眩しかったのだ。
「めっずらしーあとべが!」
(だが跡部とて、そういう日もあるだろう)
だって。
「こんな天気Eーもんね」
(眠くならない方がどうかしている)
跡部は只々笑った。
慈郎を前にして、鼻の奥を突く懐かしい馨りが強くなるのを感じ、戸惑うばかり。
笑む事で突破口への糸口を掴もうとしていた。
いつもの態度を思い出す事に必死だった。
「ねーなんで気づいたと思う?」
そうだ。
互いに気が付いたのはほぼ同時だった。
跡部が慈郎に気が付いた時には慈郎の声が聞こえていた。
「あとべの匂いがしたんだー」
香水じゃ無く。そう付け加えた慈郎のコトバが、わかる気がした。跡部とて同じ。
そしてふと、今朝方の夢へと還って行った。
既にその殆どが忘却の彼方へ仕舞われてしまっているのだが誤解を恐れずに云えば、俺は。
慈郎に抱かれる夢を観た

驚いた。
飛び起きた。
舌打ちだってくれてやる。
「今は香水つけてないでしょ?なのにわかったよ」
へへ、と笑う慈郎を見て、只の会話の中、そこ彼処に散らばる因を機敏にひらい上げては情け無く眉根を寄せた。
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