◇ジロ跡text【2】◇

□momoyoi
1ページ/2ページ

所狭しと咲き乱れる花は、正に百花繚乱の言葉の通り。

弥生の三日日を迎え春めく様子が見て取れる頃、慈郎は跡部に連れられて、敷地内にあるガーデニングエリアにやって来た。
「すげー!春だ」
暦の上では春である事に間違いはないが、世にはまだ、桜や桃の一目で季節を表す花は咲いていないからであろうか。
そんな慈郎の言葉に頷き、言葉を続けた。
「ああ。綺麗だろ」
「んー、あったけ〜」
それは温室の効果ではないのか、とは言わないが。
跡部は苦笑すると、はしゃぐ慈郎を見て、改めて連れて来て良かったと思う。
常に適温に保たれている温室の内部は、季節感がないとはいえ、それでも春が嬉しいのだろう。常宵よりも開花をする種が多く、この所は機を見つけてはこちらへと足を運ぶ様にしていた。
開花前の花は特に繊細だ。そして、愛情を注げば注ぐ程華やかになる。
その素直な営みが愛しくて、より一層の情熱を傾ける因ともなっていた。
宵も、軽い食事を済ませた後はこちらへ入り浸っていた所、慈郎からの着信を受け訪邸を快諾した次第である。
他のいくつかの温室とは違い、完全に自分の管理下にある此処は、私室に次ぐプライベートルームといえるが、離れにある為滅多に人を呼ぶ事はなかった。
その所為かとも思った。
「お前、春、好きだもんな」
「そだねーいねむりがきもち〜の。花もすきだしー」
二人の頭上に輝くは擬似天体。陽を示すそれは、今は、晴天 棚引く白雲(しらくも)を纏う、陽炎に揺らめく円(まる)だ。
「だろうな」
花は、木は、草は、自然は殊更愛情に敏感だ。
優しさには同等のもてなしを捧ぐ宿命の種。
慈郎を此処へ入れた瞬間に、波打つお喋りは止み、そっと奴を伺う様な気配が水紋の如く広がった。やがて、慈郎の一挙一動に反応し、声を潜め彼についてあれやこれや。
この色めく気配に、跡部が気付かぬ筈がない。
全く、誰ぞに似たのか、コイツらも慈郎を気に入ったらしい。
苦笑に苦笑を重ね跡部は口を開いた。
「ジロー」
呼び掛けに振り向く彼を照らすのは真ん丸太った月の円(まる)。
銀色に輝いだ光を受けた慈郎へ魔除けの花を贈ろう。
パキン
「これ、持ってろ」
手近の幹を折り、慈郎へと渡した桃の木片。小振りの花が芽吹いたそれは、慈郎の掌の中で解けていった。
「なあに?」
白いだ景色の中、甘い香りに包まれながら、慈郎がつまらぬ誘惑なぞ引かぬ様祈りを込めた。
「気にするな、ただのマジナイだ」
「いっつもオレには見してくんなかったのにどーゆう吹き回し?」
不満そうな声にしては表情が笑い過ぎている。
「毒には毒を以って制す、だな」
「わかんないから、訳して!」
呪(まじな)いを職としている跡部は、花の効力を誰よりも熟知していると自負している。
自分の育てた花にまで寛大になれぬとは、まだまだだなとも思ったが、育てたのが自分であるからこそ、花とはいえ呪詛の力はピカイチなのだ。
根回しは早ければ早い程良い物であると言い訳をして。
「危ねえ花もあるんだ、取り憑かれたら厄介だろ」
だからあまり自分から離れるなと忠告をして、桃は魔除けになる云々を話して聞かせるが慈郎本人は、桃が消えた掌を見つめ意味深な笑みを浮かべている。
「あとべ〜」
ふっと空気が動き、銀色と白色が融合した。
「ん、だよ」
「大丈夫。オレは、いつでもあとべの虜だよ…‥なんてね!これは、オレのセカイの桃の花コトバ」
「花、コトバ…?」
何気ない一言に、気持ちが振れたのがわかった。
大気のビッグバンと共に一斉に咲き乱れる花々は、天井高く舞い上がり振り落つるシャインダスト。
花々は蕾を膨らませ一気に咲き誇り、辺りには濃厚な甘い香りが広がった。
「……きれ〜…っ!」
目の前をひらめく春雨に跡部が瞬きを忘れ、慈郎の笑顔を見詰める事しかできなかった。そうしている間にも、我先にと花を湧かせる桃が、桜が、梅の木が辺りを埋め尽くしていく。
「これ〜?見せたいものってっ!」
乳白色の花ひらと甘い甘い香りが舞う中で、慈郎がはしゃいで言った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ