◇ジロ跡text【2】◇

□ねゆされど思ふは
1ページ/1ページ

匂いが、空気が、隈なく春らしいと慈郎は思った。
ここいらの中では一等の陽溜まりの元。正レギュラー専用のテニスコ−トより十秒程の所にあるこの植林区域には、人が立ち入らぬ様にとの柵が張られているが、慈郎はこれをハードルか何かと見なし抜けている。
そしてその中でも一等気に入りの大木の下へと辿り着けば、我が物顔で体を横たえ、自らの腕に頭を乗せくつろぎ始めたのだ。
(ん〜〜〜!イイ天気!でも、)
コートには数人のレギュラーが各々のメニューをこなしているが、祝日である今日は登校している生徒がまばらな所為で、学園は静寂に包まれていた。
部活がなければこんな祝日は、自宅から出ず、寧ろ私室からも出ずベッドの中で安眠に身を委ねていたい所ではあるが、それを善しとしない友人らに囲まれしぶしぶと登板した次第である。
だがしかし、隙のあり余る自主練習。合間を突いてはかくれんぼに興じてみるが、慈郎が手慣れているという事は、探す側も慣れている事然り。数十分もすれば、部員の誰かなり何なりが奪還を命じられたと言い呼びにくるはずだ。
それを踏まえての居眠りの為の時間。
(なのに、今日はあんましねむたくない)
静か過ぎるのも逆に気になるもので、こうして願望叶う環境に飛び込んで尚、聞こゆるボールのクラッシュ音が耳に付いて仕方がない。気に入りの場という事もあり、これは異常だ。いつもなら、何を考えるまでもなく意識を手放せるのだが。
(おっかしーな‥つかまぶし…)
青々と葉の茂る頃であればまだしも、いまだ蕾を作るに止(とど)まる木の下においては日除けの機能は果たされず、それでもいつもは気に止める事すらなかったのだ。
(そいやーオシタリが言ってたっけ。今日は昼のほうがナガイんだって)
それ所か、意識は余計に上昇するばかりである。思考が明瞭な今時分、ふと、先の会話を思い出す。

(えっ‥てことは‥)

寝てばかりいる慈郎を揶揄う様に言葉を掛けられ、その時はどうとも感じず適当に返事をしていたが、それが今になってやけにリアルに迫ってくるのを感じていた。
(いつもよかいっぱいしなきゃ足らね〜てこと?)
つまり、昼間が長ければその分夜が短くなるという事実に突き当たり、夜はまるまる睡眠に充て、且つ昼寝もたっぷりと取る慈郎にとっては頗る迷惑な話である。
(それでもいまは、ねむくない。‥これはやばい!あとべ!)
「あとべあとべあとべ!オレしんじゃう」
勢い付け起き上がると、“向こう側”へと駆ける為体勢を整える。


太陽が頂点に差し掛かった春分のいちにち
陽は高く輝き見守っていた

END.
「ねゆされど思ふは」
20070321

Thank you For Your Reading!
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ