◇ジロ跡text【2】◇

□ターニングオーバー
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ふ と 、 頬 に


目を閉じているため状況は感覚に頼る。
しかし、慈郎の指先ではないという結論には到底結びつかなかった。
それは狙ったようなタイミングであり、やはりどう取っても慈郎の指だ。
機を計っていそうだとの点が確実だという確信も、瞬時に跡部の脳内を駆け巡ったからこそこうして反応を示さずにいるというのに、どうやら奴は、隙を味方につけたらしい。
キシ
堅めのスプリングの音が耳につき、自分の体が数度僅かに揺らめいた。
慈郎の指は触れるにとどまらない。
てのひら全体で撫ぜ上げる、そのこそばゆい感触に耐え、睫毛を震わさぬことに気を割いている跡部であるが、眠っているとは思われていないだろう。

跡部は眠りたかったのだ。
なにに疲れたかといえばこれといった要因はないが、積もった疲労が押し寄せたというところか。
眠気を感じていたのは慈郎も同じである。

指は、てのひらは、なおも止まらず。
跡部も眠ったふりをやめはしなかった。
バレていようがいまいが、目を開けたらそれこそ状況はあらぬ方向へと流れていってしまいそうだという惧を感じてのこと。
いや、どちらであっても遅いかもしれない。
視界から情報を得られないとなると、自然 聴覚やその他へと意識が向くようで、今の跡部は無意識ながらも神経を研ぎ澄ませては慈郎の動きを追っていた。
撫ぜるてのひらと慈郎の顔があるだろう位置に気を取られていたが、別のところからも空気が動く気配を感じ、呼気を詰める。
「、あとべ」
背筋がぞわりとした。
跡部が思っていたよりも近くからリアルに慈郎の声が響く。そして重心を移動させたのだろう。ふたりを受け止めるベッドが、静かな部屋で音を上げた。
相変わらず慈郎のてのひらは、跡部の頬から首元から前髪に至るまでを這う。ただ撫ぜられているのに、微細な快感を拾ってしまう自覚すらあった。とうに眠気など。
慈郎の手は前髪を手櫛で梳き、耳の辺りへ、そうして頬の辺りを下り顎のラインをなぞりあげた。
不器用に、それでもリズムを刻んだ仕草は戯れのよう。軽快に蠢くその様子からして、慈郎はおそらく笑っているはずだ。
「ねえあとべ、もお目ぇあけて?」
ふたたび跡部の耳のすぐ傍で聞こえた囁きは、笑いを多大に含んでいた。
俺は寝てるんだからよ。言葉に対しては、こう思わなくもないが如何せん。囁きに乗じ目蓋を上げた跡部は、自分の想定していた慈郎の表情と変わらぬ彼を見た。
「眠かったんじゃねぇのか」
眠気などどこへやら。開けた途端笑顔が咲いた慈郎に向かって、跡部は言う。
先に眠そうにしていたのはお前のほうだと、暗に言葉に含ませて。
「ちょっとはねたしィ」
「…俺は、眠い」
即座に言い放つと、慈郎はしばし黙った。
口を噤み、何事かを言いたそうな顔をして思案している。眠いところ悪いが、という心境か。
跡部とて本当のところは、どうにもとうにも眠気は飛びすさり、むしろこうして、慈郎と起きていたいとも思う。
「ここ、きたら目ぇさめちゃった。もーオレ眠くないもん」
慈郎は、子供が言い訳をするように口を僅かに尖らせ、まるで跡部が悪いかのように言った。
「こーしてっと、緊張しねえ?」
「……べつに」
そう言った跡部の視線は、ギシリと音を上げた影を追う。
慈郎の家へ跡部が泊まるのは久し振りであり、ことに、いわゆるコイビトの関係になってからは初めてだ。だからかふたり、勝手が掴めずにいたのかもしれない。
ベッドを共にして、緊張を喫しないはずがない。
それは否定はしない。
だけれども、慈郎は眠そうで、自分もまた眠かった。
それなのに、どうして慈郎の顔が近付いてきているのだろうと、既に導き立った行為を彷彿とさせる色が見え隠れする。
慈郎の唇が、更に近付く。
跡部が、ばあか、と呟いたのが慈郎に伝わった刹那、慈郎は柔らかく弾力のある唇に、自らの唇を触れさせた。

思い知った。
予兆なぞなくとも、ふたりさえいれば いとも簡単に欲を呼び寄せられること。
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