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□夏の夜の夢
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「んぐっ………ふあ〜ぁ…週末だって言うのに、人使い荒いっすよね」
現場での鑑識をようやく終え、署に戻る道すがら、新木は昼間の名残で温んだ空気のなかで、気怠げに伸びとあくびをした。
「事件にゃ週末もクソも無ぇからな」
「あーあ、ハラ減ったな…そういや、別の現場から直行で昼メシ食いっぱぐれましたね」
「お前さんにゃあちょうど良かったかもな。
出すもんがなければ、現場も汚れんですむ」
「ちょっと、からかわないで下さいよォ、結構マジで悩んでるんスから…」
「まぁ、慣れだわな。
俺が今まで担当した中で一番ヒドかったのは…」
「ちょ、ストップ、ストップで!
せめて、残業上がりのメシくらい気持ちよく食いたいっす…」
釘をさされてつまらなそうに口をつぐんだ葛西は、目先に路上喫煙所を見やると、早速タバコをくわえた。
「しかしこの時間じゃあ、ロクな店が開いてねぇだろ」
街灯のみで照らされた商店街の店先には、一定の間隔で並べられたゴミ袋がぼんやりと浮かび上がっている。
「それなら、この先に遅くまでやってる店知ってますよ、中華で良ければ。
結構うまくて………あ。」
その時、どこからともなく現れた野良犬と目が合い、新木はその姿に目を奪われた。
暗闇によく馴染む漆黒の毛色で、事故にでもあったのか、後ろ足を片方引きずっている。
野良犬はふたりに交互に目をくれ、小さく鼻息を鳴らすと、慣れた様子で並んだゴミ袋を物色し始めた。
あらぬ方向に曲がった足は力無くぶら下がり、他の足で器用にひょこひょこと歩きながら、目当てを求めてさまよっていった。
「…なんか」
「あん?」
「…なんか、あんなもがいてまで、
どうして生きようと思えるんすかね…」
真夜中のぼうっとした頭で、譫言のように新木は呟いた。
「………馬鹿
おめぇ、そりゃあ逆だろ。
生きるために、もがいてンだろ」
淀んだ空気にゆらめく紫煙が、ますます新木の思考を現から引き離す。
「………。
葛西さん、オレにも一本もらえますか」
「ふっ…、俺からモクを頂戴しようとは、良い度胸だな。
だが、ガキにはまだ早い」
「…そうですね、
あーオレも早く葛西さんみたくタバコが似合う渋い刑事になりたいなぁー」
「ハハッ、そいつぁ楽しみなこったな」
「…葛西さん、」
「ん?」
「今日はオレに奢らせて下さい」
fin.