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□ホワイトデー
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三月になり季節はゆるやかにしかし確かに春めいてきて、外を歩くのにマフラーはいつの間にか不要となるほど暖かくなってきた。

それなのに……

「なんで今日に限って雨降っとるんじゃ!」
最近の穏やかな天気はどこへやら、朝から冷たい雨が降り続いている。
「これではお花見は無理ですね…」
天気ばかりはどうすることもできない。二人は深々とため息をついた。



今日はホワイトデー。
バレンタインの礼に5倍返しと仁王に言われてみたものの、高価な贈り物を好まない彼に何を贈ればいいかわからず結局本人に希望を聞けば、
「サプライズて言葉知らんのか」と揶揄され、流石に柳生は落ち込んでしまう。
それを見た仁王はあやすように彼の頬に掠める程度のキスをして、
「じゃあオレのワガママを一日聞いてもらうとするかの」
目を細めて笑った。
いつもと同じ、学校に行く時間に人目を忍ぶように落合うと、仁王は花見がした
いと言い出した。
「桜はもう少し先なのでは……」
「いや、オレが見たいんは桜とちごて梅」
今の時期なら梅じゃろうと口の端で笑って、歩きだした。

しかし、
薄靄がかった空は一向に晴れる気配すら見せず、もしかしたらと思う頃には水滴が落ち始め、手近な場所に避難した時には、水溜まりができる程の量の雨が降ってきていた。


「これからどうします?」
「…雨止まんやろか」
諦めがつかないらしく、仁王の視線は外に向いたまま。
彼がそこまで何かに執着するのは珍しくて自然柳生の口元が緩む。
「雨の中での花見というのもいいかもしれませんね」
そっと彼を背中から抱きしめて囁けば、嬉しいらしく甘えて肩にもたれかかってくる。
それを可愛いと内心思いながら、手を繋いで外へとでた。
小一時間歩く間に雨足はややゆるみ、春にふさわしい霧雨となって降り続いている。
仁王が案内した場所は市営の大型の公園。週末や長期の休みには家族連れで賑わっているのだろうが、あいにくの雨でほとんど人はいない。
「やぱ人おらんな」
「雨降ってますからね」
「これならイケるな」
「は?」
仁王の不穏な発言に驚いて彼の顔を見れば、そこには何か企んでいる時に浮かべる笑顔。
どういうことか問い質そうとしていたのに、結局それを発する前に彼に手を引かれ、公園の奥へと歩みを進めることになってしまった。


「これは、見事ですね…」
公園の奥まった一角にようやく目当てのものがあった。
けぶる匂い、白や濃淡の朱の花びら―仁王が見たいと、見せたいと言っていた梅が視界一面に広がっていて正に見事の一言に尽きる。

「梅の香りがすごかろ」
「はい、こんなに見事なのは初めて見ました」
二人は濡れるのも忘れ、側のベンチに座ってしばし目の前の光景を楽しんだ。
雨の匂いと相まって梅の匂いはいっそう濃く辺りに立ち込め鼻腔をくすぐり、脳を刺激する。
そっと隣を盗み見ると自分と同じように濡れた柳生の姿。
その姿に仁王はたまらなくなった。
「なぁ」
振り向いた彼の口唇をふさいで、
「しよ」
否定の言葉など許さないと言わんばかりの強い口調で彼を誘う。

「え、でも…」
それでも戸惑う柳生。そんな真面目な所すら愛しい。と心の内でほくそ笑む。
「雨で人おらんし、えぇじゃろ」
こんなんなっとるしと、仁王は雨で肌に張り付いたシャツをめくりあげ、柳生の手を取り、自らの肌に這わせる。
雨に濡れて冷えきった柳生の手とは対照的に、発情して熱を帯びている仁王の肌。
その熱さに思わず手が離せなくなってしまう。

「……風邪ひいても知りませんからね」
「そんなヤワじゃなかよ」
柳生の遠回しの承諾の言葉に満足して、柳生のシャツをはぎ取り、噛みつくよう
に再び口づけた。












つづく
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