STORY

□信じている
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「好きです。付き合って下さい。」

放課後の裏庭。3月になったばかりの夕方はまだ肌寒い。目の前にいる子は震えている。寒いのだろうか、…いいや違うだろう。理由は分かっている。この場面は女の子から僕への告白、勇気を振絞り自分を奮立たせ、覚悟を決めた告白…。肩を抱き寄せてあげられればいいのだろうが、それはできない…。

「ごめんね。」

「…どうして、なの…?」

「僕…好きな人がいるんだ。」

「…そう…か…。それじゃあ、しょうがないね…。でも、好きでいることは許してね。3年になってもよろしく。」

彼女はニコリと笑って走り去った。

「無理して笑ったんだろうな…。」

僕は人当たりのいいせいか、または嬉しくはないが中性的な容姿のせいか、告白は幾度となく受けているが、やはり断るのは慣れない。淋しげな瞳や震える肩を見ると罪悪感でいっぱいになる。今日だって同じだ。『フーッ』溜息がでてしまう。

「ふーじー!見たよ!」

急に背中に重みを感じた。

「英二!見てたの。」

「うん、不二が呼び出されてったんで後つけて来ちゃった。絶対告白だって思ってね。」

「趣味悪いよ。」

「ごめんにゃ。でも、不二って振った後必ず自己嫌悪に陥るからさ、心配だったんだ。」

「そうだったの、心配してくれたんだ。ありがとう。それより早く部活行こう、手塚にグラウンド20周って言われるよ。」

「それはいやにゃ〜。早く行こう行こう。」

僕と英二は部活へと急いだ。

「ふーじー、待った!」

急に英二が声を出さずに怒鳴った。

「不二、あれ見て。手塚じゃん。きっと告白されているんだにゃ。不二といい手塚といい、モテルからにゃ。」

彼女はミス青学と言われるくらい綺麗な子。名前と顔だけは僕も知っている。

「不二、今のうちに部活へ行っちゃおう。今なら手塚より先に着替えられるにゃ。」

「ゴメン、英二先に行ってて。教室に忘れ物しちゃった。ほら、早く行かないとグラウンド20周だよ。」

僕にも、遅れないようにと気遣いながら英二は走って行った。その後姿が見えなくなると僕は手塚たちの様子を窺った。勿論、振った後の手塚の心配をしているわけではない。むしろ逆だ。

「手塚…もしOKしちゃったらどうしよう…。」
 
手塚の頭の中は今テニスしかないはずだ。部長となり、この春3年になる。中学最後の年【全国制覇】僕達の願いだ。だから、手塚は女の子と付き合うということに興味はないはずだ。安心な反面、複雑な気持ちもあった。僕は手塚が好きだったから。勿論、部長としての敬意もチームメイトとしての仲間意識もそうだが、一人の人間として手塚に恋愛感情を抱いていた。嫌われているとは思わない。チーム2としてなら、副部長の大石の次くらいには手塚の心の近くにいることだろう…でも僕が望んでいるのは…。男同士だから、手塚が誰とも付合わなくたって僕に恋愛感情を抱くなんてありえないのに…、それでも誰も手塚の隣にいて欲しくない…そんなこと願ったって僕にだって無理なことなのに…。

「どうしてよ!」

甲高い声が僕の思考を遮った。

「私の何処が気に入らないの。私より綺麗な子はこの学校にいないじゃない!」

ミス青学の声だ。この様子だと手塚に断られたんだろう。でも、素直に諦めるような子ではない。

「私と並んでも見劣りしないし、あなた頭もいいわ。生徒会長だし、全国目指すテニス部の部長だし、私に相応しいのはあなたくらいよ。あなただって私を連れて歩くと鼻が高いでしょう。なのに何故、断るの。」

「俺は別に見栄で連れて歩きたいとは思わないし、お前より綺麗な奴を知っている。」

「なんですって!!」

「不二だ。」

『はっ?』

彼女と一緒に僕も自らの耳を疑った。

「不二は容姿だけでなく、心も綺麗だ。テニスに対する情熱だけでなく人を思いやる心も持っている。だから不二の周りはいつも穏やかで柔らかい空気に包まれている。何より奢り高ぶらない。そういうことだ。悪いが部活があるんでな。」
 
手塚がそんな風に見ていてくれたなんて…。その後のグラウンド20周だって何周走ったか分からず、英二に止められるまで走っていたくらい僕は嬉しかった。
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