その他夢

□好ましい君
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楸瑛は頭を抱えていた。



何故かあの無骨な宋太傅から縁談が持ち込まれた。





ただでさえ断れない状況に、兄たちからの「つま めとれ」の二言だけの手紙。


楸瑛には逃げ場などなく、うんざりしながら縁談の席に赴いた。













藍家の駒だという自覚はある。




けれどもどこまで自分の人生を左右させるのか、測りかねているところがあるのも事実で。



「ふぅ……」



少なくとも嫌悪感を抱くような女性が来なければいいのだけれど。



宋太傅が連れてくるのだからそれなりの期待をしてもいいのかもしれないが、楸瑛は全く乗らない気分に肩を落とした。






「宋太傅の娘様がいらっしゃいました」





娘?
楸瑛は内心怪訝に思いつつも外向けの笑顔を顔にはっつけた。





「お通ししてくれ」




あの宋太傅が楸瑛に自分の娘を縁談によこす?


そんなばかな。




自分の剣の腕と矜持の高さ、そのほかいろんなところはそれなりに評価してくれているだろう。だがこと女性関係に関しては楸瑛は周りから見て自分の評価がかなり低いことを自覚していた。




まともな親であれば楸瑛に娘を嫁がせる気にはならないだろう。



しかも宋太傅となれば身分目当てとも金目当てとも思えない。






しずしずと衣擦れの音がして、女性が部屋に入ってきた瞬間、楸瑛は何かの既視感を覚えた。





彼女の身のこなしに覚えがある……?




無言のまま跪拝する女性に笑顔を浮かべたまま声をかける。






「はじめまして。藍楸瑛です。どうぞ、お立ち下さい」






ぴくりと女性の肩が震えた。





なめらかな動きで立ち上がったその人に、違和感を覚える。







うまく隠してはいるが、武術に心得がありそうだ。しかもそれなりに熟練者。






もしかして抜き打ちの試験か何かか?





ますます不信感を募らせながら、緊張からか固くなった女性を眺めて……楸瑛は凍りついた。



まさかそんな……いや、でも。












「君は……名無しさん、かい?」









かすれた声で呟いた楸瑛に、女性が震えながら顔を上げて今にも涙の零れ落ちそうな困り切った顔で楸瑛を見つめ……





「ら、らんしょうぐん……」






と呟いた。
所在無げに、しかし美しい立ち姿のまま着飾った名無しさんは楸瑛を見上げていた。




女装か?



そう思いかけて楸瑛は即座に否定する。

そんなわけがない。
さすがにわかる。
目の前のこの人は、女性だ。







薄く化粧のほどこされた顔立ちは、普段の姿であってもかわいらしかったが……今ではどこかにおい立つような色香をもって楸瑛を惹きつける。




女性特有の柔らかな体の曲線は、男性ではありえない。




中性的だ、と思ってはいたが目の前にいるのはまぎれもなく女性だ。







「わ、私……起きたら突然父上にここに放り出されて「縁談だ行って来い」なんて言われてもう何がなんだか……給仕をしてくれていた人に相手はどんな方かと尋ねたら藍将軍だと言われるし! これはなんですか? 新手の抜き打ち試験か何かですか?」






混乱したように半泣きになりながらまくしたてる彼女。




自分と同じようなことを考えている。



思わず吹き出して、楸瑛は名無しさんを落ちつけようと椅子を引いた。







「まずは座って。お茶を淹れるよ」





落ち着いてから話そう、という楸瑛の意図に気づいたらしい名無しさんが「で、では私が」と茶器を用意した。





「……」




楸瑛はつと目を細めた。

良家の子女顔負けの優雅な所作。
剣を扱っているときからも優雅な所作をしていると感心していたが、それはここから来たものだろうか。






「どうぞ……」


「ありがとう。

…美味しいよ」


にこりと笑ってお茶のお礼を言うと、名無しさんはほっとしたように頬をゆるめて自らもお茶を飲んだ。


その肩が小さく降りたのをみて、少し落ち着いたかと思い楸瑛は口を開いた。





「……君は、本当に女の子だったんだね」





楸瑛の言葉に名無しさんはしばしきょとんとした。




けれども次の瞬間、さぁっと青ざめ、機敏な動作で立ちあがるとその場に土下座して地につかんばかりに頭を下げた。




「名無しさん!?」






「も、申し訳もございません! 私はずっと藍将軍や他の方々を欺いて……っ! 申し開きのしようもなく……っ!」







再びまくしたて始めた名無しさんに楸瑛も慌てて席を立った。





「いいから! せっかくの服が汚れてしまう。立って」





促すも名無しさんは頭を下げたまま動かない。
楸瑛はため息をつくと、彼女をひょいと抱え上げた。





「っわ!?」





「……いいから、落ち着きなさい。私は怒っているわけじゃないんだから」





むしろ嬉しいのに。




そんな思いを込めながら言うと、彼女は涙のたまった目で楸瑛を見た。





「……怒らないんですか?」







だって騙していた。
あんなに気にかけてくれていたのに、 部下として信頼してくれていたのに。
それを裏切っていた。
忠誠心に裏切りはない。でも隠し事をしていた。大きすぎる隠し事を。








「ああ……綺麗にお化粧をしていたのに、もったいない。泣いちゃだめだよ」




「藍将軍……」




「…まぁ結果としては騙されていたんだけど」





それもかなり厳密に。
隠し通して彼女を軍に入れた宋太傅も大したものなら、ぼろを出すことなく軍の中で生活してきた彼女自身にも舌を巻く。





「とりあえず、私は君が女性でよかったと思っているんだよ。男と結婚は出来ないからね」





「…そう、ですね?」






不思議そうな顔で頷く名無しさんに苦笑する。




意味がわかっていないんだろう。





「難しい話はあとで考えよう。私は君と話がしたい」





「は? え?」




難しい話はあとで、と言ったのに話をするの?





そんな言葉が顔に書いてある彼女に笑みをもらして、楸瑛は抱えていた彼女を下した。






「君に一目ぼれしたんだ。だから君と話がしたい」





まっすぐな楸瑛の言葉に、名無しさんの顔が一気に朱に染まった。




九割方断れない縁談にうんざりしていたが、こうなれば話が別だ。







逃がすものか。








獲物を捕らえた目をする楸瑛に気づくことなく、名無しさんは一人あわあわと視線をさまよわせていたのだった。




2012/1/6
続くかも?
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