遙か夢弐
□こころのかけら
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「あ、見て、綺麗な池!」
「ゆき、危ないってば……っ!」
ぱっと表情を明るくしてかけていくゆきを追いかけて、私は自分こそ不注意で足を滑らせた。
「わ……っ!」
「…っ! ……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……瞬兄」
後ろから抱きかかえるように受け止められて私は顔が熱くなるのを感じた。
「ゆきにしろ、名無しさんにしろ、もう少し注意してください。俺の体は一つなんですから」
「面目ないです……」
態勢を立て直しつつ「うぅ…」と凹んでいるとぽんぽんと頭を撫でられた。
「瞬兄?」
「怪我がなくて、よかった」
「……っ」
ずるい、と思った。
瞬兄はそうやって、簡単に私の心をさらっていく。
ありがとう、と言おうとすると瞬兄はすっと視線を遠くへ滑らせた。
「……」
ゆきが危なくないように。
彼女から目を離さないように。
いつものこと。
――――それなのに、たまらなく切ないのはどうして?
「……どうした?」
「ううん」
ふと私を見下ろすまなざしはゆきに向けるものとは全く違う。口調だってゆきには敬語で話すけど私には崩すし。
それが、なんとなく嬉しい。
「行くぞ」
「うん、ん…っ」
あ、れ?
ひくりと頬が震える。
「……どうした?」
「あ、ううん。なんでもないから先に行ってて」
その場に立ったまま笑顔で促すも、瞬兄は怪訝そうな顔をして私をじっと見つめた。
そして……
「そこに座ってください」
「な、なんでもないったら! 瞬兄……っ」
「…聞こえなかったのか? そこに座りなさい」
「……はい」
不機嫌そうな顔でぎろりと睨まれて私は小さくなりながら大きな岩に腰掛けた。すぐさま瞬兄が足下に跪いて足の具合を見てくれる。
「っ、……なんでわかったの」
「伊達に何年も一緒にいるわけじゃない。ゆきよりは分かりにくいが、お前だって十分わかりやすい」
「ぅ……」
「痛むのはここか?」
「す、少しだけ」
「…軽い捻挫だな。全く……」
呆れたように言われているのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう?
じんと頭が痺れるような甘い疼きを感じて私は目を閉じた。
この人を、守りたい。
自分よりもゆきを、私を、他の人を優先する優しいこの人を。
守りたい。
忘れたくない。
生きていてほしい。
幸せになってほしい。
「……瞬兄」
「……なんだ?」
「私のことを、忘れないでね…」
「名無しさん?」
怪訝な顔をする瞬兄に困ったように笑みを向けた。
うそ。
忘れてしまっていい。
全て私の勝手だから。