遙か夢弐
□嫌いと好き
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「……」
「……」
無言の耐久戦が食卓で繰り広げられていた。
無言に耐えることでこの苦行から逃げられるならどれだけだって黙っていてやる。
そう心に決めて私はぐっと口をしめなおしたんだけど、低い声が私の名前を呼んだ。
「…名無しさん」
「……」
「食べろ」
とん、と私の近くに寄せられたお皿の上にはかわいらしく細工のされたにんじん。
「嫌」
短く一言否定の言葉を吐いて、憮然とする瞬兄から顔をそらした。
その精一杯の抵抗に瞬兄の眉間にしわがよる。
「名無しさん」
「嫌」
「……はあ」
そのため息に少しだけ胸が冷える。
呆れられるだけの行動をしている、と理解はしているけれど実際嫌われたかもとか子供っぽいかもとか思うと泣きたくなる。
瞬兄にみっともないところを見せたいわけじゃない。
ただ、どうしても口に入れることが出来ないだけで。
瞬兄は無表情のまま、かわいらしい形のにんじんにフォークを突き刺した。
そしてそれを何故か左右にゆらゆら揺らし始めた。
「……?」
「食べてくれないと、こいつらが泣くぞ」
「……は?」
「ほら…どんどん食べたくなってきただろう?」
至極真面目に言っていることがうかがえて、私はぽかんと口を開けてしまった。
その瞬間、きらりと瞬兄の目が光って私の口にぐいっとにんじんを突っ込んだ。
「むぐ!?」
やられた……!
舌が敏感ににんじんの味を拾ってしまってなんとも言えない味に眉間にしわがよって涙がこみあげた。
「むむむむむ!」
食べたくない!!
「食べなさい。いい子だから。噛むんだ、飲み込め」
「んっ!」
嫌だという意味を込めて瞬兄を見上げる。
でもこれ以上口を開いたままだと……瞬兄に死んだ方がいいような恥をさらしてしまいそう!
つまり……よだれが垂れそう……っ!
そんなの嫌――――!
とは思うものの噛むことも飲み込むことも吐き出すことも出来ずに私は目を白黒させた。
「はぁ……」
私に負けないくらい眉間にしわをよせると、瞬兄はすっと手から力を抜いてフォークを私の口から抜いた。
でもにんじんは変わらずに私の口の中。
「……」
「!?」
離れたと思った瞬兄が再び私に近寄って……ちゅっと軽いリップ音が鳴った。
「!?」
額に触れた予期せぬ温かさに、思わずこくん。
「〜〜〜〜っ!?」
「なんだ……食べられるじゃないか」
にやりと笑みを浮かべながら言い放たれるも、私は本気で泣きそうだった。
「う、うぇえええ……食べちゃったよぅ……!」
机の上にあったコップのお茶を一気に喉に流し込んで私はえぐえぐと涙をこぼした。
「まずい〜……」
「まずくない」
「ずるい、瞬兄……っ! 乙女心をもてあそんで!!」
「……別にもてあそんだわけじゃない。涙目で見上げるお前が悪いんだ」
「ふぇ?」
「……」
何故か瞬兄に頭をよしよしと撫でられた。
(目にいれても痛くない)
(「にんじんを食べたご褒美に、プリンを作ってやる」)
(「ほんと!? えっとね、じゃあイチゴのプリンがいい!」)
(「……現金だな」)
2011/10/15