アリス夢
□もう届かない
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執務室でナイトメア様に書類を片づけてもらっているときだった。
ぐしぐしえづきながらも書類を片づけるナイトメア様を叱りながらなだめすかしていると、不意にぴんと空気が張り詰めた。
はっとしてナイトメア様の前に立ちふさがると、頬を刺激が走る。
―――ナイフだ。
目にも止まらぬ速さで投げられたナイフに緊張の度合いを高める。
―――強い。
「トカゲも腑抜けたな」
すとん、と部屋の中に降り立ったその姿に、俺は瞠目した。
「―――名無しさん」
グリフォンの役持ち。
かつて相棒だった女。
――――俺が、唯一愛した女。
そして。
――――ナイトメア様を狙う、暗殺者。
「ふ、どうした? 攻撃しないのか?」
に、と片頬を釣り上げる笑みに心が騒いだ。
でもそれを押し殺して、彼女とじりじり距離を取る。
何年も見ない間に、ずいぶん・・・・・・。
美しくなった、と思って。
誰に美しくしてもらったのだろうと考えて俺は脳裏が焼けつくような怒りを覚えた。
そんなものを覚えても仕方がないのに。
「グレイ? そろそろお茶に・・・・・・」
「っ、アリス……っ!」
無防備に部屋に入ってきたアリスが固まった。
それに焦って声をかけると、名無しさんは面白くなさそうに彼女を見やって俺を見た。
―――その目の色はなんだ?
彼女の感情がうかがえなくて、俺は困惑した。
「―――今夜は引く」
「っ、ま……っ!」
待て、と言おうとしたのか。
待ってくれ、と言おうとしたのか。
―――――気持ちはもう、届かない。
2012/9/11