遙か夢伍
□一つ一つかけらを集め
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「既定伝承が、書き換えられましたか」
くす、と口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
何度も何度も、螺旋のように繰り返すその定め。
それを打ち破ったのは、果たして神子なのか、それとも巫女なのか。
「私もやきがまわってきましたか」
自嘲まじりのその言葉は、けれども決して負の要素は含んでいなかった。
――――――あの地獄絵図の中。
何度も何度も彼女の手を掴んで連れ出した。
小さな少女。
風早はニノ姫の教育係に、私は三ノ姫の教育係に。
母に顧みられないという点ではニノ姫も哀れだったけれど、三ノ姫の方がもっと哀れだった。
『聞こえるよ? 私、龍の声が――――聞こえます、かあさま』
必死にそう言い募っても侮蔑の視線しか与えられなかった三ノ姫。
『柊・・・・・・かあさまは私のことを見てくれない・・・・・・私に龍の声が聞こえても聞こえなくてもどうでもいいっていうの・・・・・・ねぇ、どうして? 柊…』
―――――どうして?
哀切を宿したその声が耳について離れなかった。
それなのに彼女は何度も何度も私の目の前で、知らぬところで、短い命を散らしていた。
きらきらと生きた光を宿すその瞳がやがて温度を失くし、虚ろになって行くのを見るたびに自分の心が壊れていくのを感じた。
凍らせろ。
彼女を失うことに心を痛めるな。
自分にそう言い聞かせ、彼女の手を――――離した。
今思えば、皮肉にも彼女を見殺しにすることが彼女を生かす唯一の道だったのか。
神子の下に戻ったのは、自分が宝玉の持ち主だから。そして彼女だけが唯一既定伝承の未来を開く可能性を秘めた人物だったから。
ずっと三ノ姫から向けられる悲しげな視線が切なかった。
――――――知っていたんです。私は。
あなたが私のことを、風早やニノ姫のことを探して探して探し回ってくれていたこと。
そして、いないと知れると泣いていたこと。
『柊…』
『なんでしょう、三ノ姫』
『・・・・・・柊』
『私のかわいい、姫』
風早の優しい声と仕種、物腰に憧れていることは知っていた。
同じようにしてほしいのか、それとも同じように絶対的な存在が欲しかったのか。
私も彼女を絶対の主と思っていたのに。
小さな嫉妬だった。
風早に憧れる小さな姫への小さな嫉妬。
自分の心を吐露することに不自由な小さな姫。
何を考え、感じているか手に取るように分かるのに、名前を呼ぶことでしか自己表現が出来ないと知っているのに、何度も名前を呼ばれてからしか彼女を抱き締めることをしなかった。
素直に両手を広げて抱きしめてほしいと示せる姫でもないと知っているというのに。
「・・・・・・あんな笑顔を見ることが出来るとは」
緑豊かな国へと姿を戻した常世の国。
その国の皇に愛された妃は、今はかつての面影などないほどに屈託なく幸せそうに笑うようになった。
――――よかった。
「・・・・・・私も中つ国の繁栄に尽力いたしましょう。せめて、あなたを数多く傷つけた償いに」
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