遙か夢伍
□巡りゆく星のかけら
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炎の燃え盛るその地獄の中。
―――――姉様・・・・・・風早・・・・・・。
梁の下敷きになって動けない私は自由になる左手で地をかいた。
けれども幼い身では身動き叶わず視線だけを部屋の中へと巡らせた。
怒号と悲鳴と火のはぜる音、荒々しい足音。
きな臭い、ものの焼ける臭い。
肌をちりちりと焦がすような熱さ。
それらが混ざり合って否応なく恐怖を運んでくる。
身を竦ませていると姉様の泣き声が止んだ。
「風早!」
「姫…遅くなってすみません。さ、こちらへ」
姉様が安心したように風早の首に抱き着いた。風早もしっかりとそれを抱きとめて抱え上げる。そして何気なく部屋の中に視線を巡らせて・・・・・・私を見た。
「か…」
―――――風早……っ。
煙のせいで声が上手く出ない。
でも残ったわずかな力で左手でもう一度地をかいた。
――――助けて。
「・・・・・・」
風早の目が、痛ましげに背けられた。
死んだと、思われた・・・・・・?
絶望的な気分を味わってなけなしの力を振り絞って声をあげようとした。
けれど彼はさっと身を翻して部屋を出て行ってしまった。
「……っ!」
待って!
その声は音にはならず、私は目の前に横たわる「死」を実感していた。
―――――怖い・・・・・・。
―――――怖い……っ!
肌がちりちりする。
熱い。
苦しい。
煙で目が痛い。
ここで死ぬのかな…私…。
ぎゅっと目をつむって蒼ざめ震えた私の耳に間近で足音が聞こえて。
はっとして顔を上げると柊がそこに立ち私を見下ろしていた。
突然姿を消した、私の教育係。
「ひ、らぎ……っ、助け……っ」
何故彼がそこにいるかなんて考えなかった。
見知った顔を見て、よかった、これで助けてもらえると安堵して。
右肩が。
背中が。
熱い。
痛みに顔を顰めて、それでも柊に助けてもらおうと左手を伸ばす。
「・・・・・・不幸な方だ」
火のはぜる音に混じって痛ましげな声が聞こえた。
「ぇ……」
「これもまた、既定伝承の定め・・・・・・お許しください、姫・・・・・・」
柊が、そっと私の髪を撫でた。
千尋と違い、一ノ姫とも違う薄桃色の髪を撫でた。
そして柊は私をその場に残して去り、たまたま部屋を改めに来た忍人に見つけ出されるまで、私はその場で火にさらされていた・・・・・・。
(0章 価値のない姫・終)