遙か夢伍

□華たおやかに
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『住み込み可』





お茶屋さんに張られたその張り紙に書かれたその言葉に私は釘付けになった。



















「ただいま…」





「あ、お帰りなさい」





不意に家に訪れた桜智さんをずっと待っていた。





「ご飯にしますか?」




「いや・・・・・・軽く、食べてきたから・・・・・・」





首を横に振る桜智さんに残念な想いに苛まれた。





―――――最後の夕餉だったのに。






「・・・・・・じゃあ、少しお話いいですか?」





「・・・・・・?」







小首を傾げて卓の前に座った桜智さんに、お茶を出してそのお盆を胸元に抱きながら私は視線を落とした。


桜智さんの顔を見て言う勇気は、ないから。






「・・・・・・ずいぶん、長い間ここにお世話になりました」





「・・・・・・半年、かな・・・・・・君を拾ってから」





ぽつりと言った私に彼もぽつりと返す。



彼と過ごすゆったりとした時間も好きだった。




でも……。





「これ以上お世話になるわけにはいかないなと思ったんです」





「・・・・・・」





「住み込みで働けるお店を見つけました。今までお世話になった分は、これから少しずつお返ししていこうと思っています」







身が斬られるように胸が痛い。








「それは・・・・・・ここを出て行くということ、かな・・・・・・?」






その声に動揺が現れないから。






余計に、哀しいのに。






こくりと頷く。





最後に笑えるかしら。







ちゃんと貴方を見て「お世話になりました、今までありがとうございました」って笑えるかしら・・・・・・?








「・・・・・・」





「桜智さんが帰って来られるのをお待ちしていたんです。さすがに何も言わずにいなくなるわけにはいかないので…」





何か、言って・・・・・・。





元気でね、とか。




頑張るんだよ、とか。






なんでもいいから・・・・・・何か言って……っ!







「ここは・・・・・・居心地が悪い・・・・・・?」





「…いいえ」





「だったらここにいればいい」





「・・・・・・いいえ」




「どうして」





強い語気で吐き出されたその「どうして」に思わず肩がびくりと震えた。






――――怒ってる?






「・・・・・・今はよくても、五年先。十年先。一緒にいられるはずもないんですから、いいお話があるうちに動いておかないと・・・・・・」







ぎゅっとお盆を掴む手を強めてそう言うと、どん!と大きな音が鳴った。




弾かれたように顔を上げると冷たい目をした桜智さんが私を見つめ、拳を卓の上に震わせていた。





―――――卓を叩いたんだ。




そうわかっても私は戸惑うしかできなかった。






「お…」





「私は・・・・・・そんなに不甲斐ない?」





「え…」





「五年先も十年先も二十年先も君と共にいるつもりだった」








珍しくよどみなく吐かれた言葉と強い視線、強い語気に、何よりその内容に頭が混乱する。






「桜智、さん…?」





「・・・・・・大切だから手元から離さなかったのに・・・・・・お店になんて出て働いたら、君はすぐにいい人を見つけてしまうのだろうね・・・・・・」




不機嫌に吐き捨てられた言葉。






―――――待って。





さっきから、何かがおかしい。





どうして私、こんなに怒られて・・・・・・?






戸惑う私の頬に桜智さんの長い指が触れた。






「大切にするのはやめたよ・・・・・・そんなことをしても、君は手に入らないみたいだから・・・・・・」





距離が縮まる。



お盆を取られ、手を取り指を絡められる。






「・・・・・・私が嫌いなら・・・・・・抵抗してほしい・・・・・・そうでないと、もう歯止めがききそうにないから・・・・・・」




唇を吐息がかすめて胸がドキドキと高鳴った。





それをどうしよう、と思う間もなく手を引き寄せられて畳の上に身を横たえられて、熱に浮かされてくらくらしながら夢うつつで「もう、容赦はしないよ…」という声が聞こえた。



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