遙か四
□あと一歩近づいて
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「花火、綺麗ね」
みんながわいわいしている中から少し外れてそれを見ていると将臣さんが近寄ってきたのがわかってぽつりとつぶやいた。
「ああ。景時の陰陽術もこんな風に使えんだな」
砂の上に座っている私の隣に座り花火を見上げた将臣さんの横顔にほんの少し見惚れた。ふ、と視線に気づいたように将臣さんが私の方を見て視線が合うと逸らさずにじっと私を見つめた。
「? 何かついてる?」
「・・・・・・あの花火より、お前の方が綺麗だ、って言ったら笑うか?」
「――――」
真剣な表情。
それを笑い飛ばすことも出来なくて、私は困ったように笑った。
「・・・・・・熱でもあるのかな、とは思うよ?」
「でも本気で思ってる」
後追いで強化された気持ちに戸惑って、私はその熱を宿した瞳から逃げるように視線を逸らした。
「・・・・・・ありがと」
やっとそれだけを返して立ち上がろうとした。でも左手を将臣さんに掴まれて心臓が跳ねる。
「流すなよ。返事、ちゃんと聞かせてくれ」
何の返事?
そう尋ねたいけれどそれを聞いてしまえばもう元の関係には戻れない。分かっているから、無言を通すしかなかった。
「俺と一緒に来い。俺はお前が・・・・・・」
「・・・・・・言わないで」
ぎゅっと目をつぶって彼の手を振り払った。
震える手を胸元に抱え込む。
素直に嬉しいって言えたらいいのに。
何も知らなければ、一緒に行くことが出来るのに。
「名無しさん!」
「・・・・・・信じ、られないの」
「・・・・・・・・・俺のことが、信じられないってか?」
傷ついた目をする将臣さんに私は微かに首を横に振った。
「・・・・・・将臣さんも、うすうす感じているでしょ?
私たちが・・・・・・源氏だって」
「……っ!」
将臣さんの表情が苦々しくなって、悔しそうに唇を噛んだ。
きっと核心はなかったはず。
でもこの状況に甘んじて、怪しい部分にはずっと目をつむってきていたはず。
それを私が暴いた。
「・・・・・・だから、いつか戦場で戦わないといけない間柄なんだよ」
「・・・・・・お前は、源氏にいたいのか」
「・・・・・・望美ちゃんと、敵対しちゃうんだよ? それに将臣さんは耐えられる?」
話がかみ合ってない。
分かってても、私が問いたいのはそこだった。
「将臣さんは望美ちゃんに剣を向けられるの?」
「・・・・・・」
「将臣さんは、望美ちゃんを好きになるよ。いつかきっと。私のことなんて、忘れちゃう…」
「何の話だ?」
怪訝な顔をした将臣さんに小さく笑いかける。
私が信じられないのは・・・・・・。
「将臣さんに、ずっと好きでいてもらえる自信がないの」
「――――――」
将臣さんの目が驚愕に見開かれた。
そして・・・・・・怒った表情に徐々に変化を遂げ、私の手を手荒く掴んで引き寄せた。
「……っ!?」
荒々しく重ねられた唇。
強引なのに、愛されていると感じてしまった。
「んんっ」
抵抗しても、わずかに離れても、離すものかと追いかけてくる唇に哀しさを覚えた。
――――身を委ねてしまえればいい。
でも私は、いつか将臣さんが彼女の方を向くんじゃないかと。
彼女と生涯を共にしなかったことを後悔するんじゃないかと。
そんな恐怖と戦っていく覚悟はなかった。
頬に涙が零れ落ちるとそれに気づいた将臣さんが悔しそうに身を離した。でも腕を掴んだ手はそのままで逃がすまいとしっかり抱かれている。
「……っ! お前が信じられないのは俺の気持ちか? 俺がいつか望美に乗り換えるんじゃないかって思ってるのか? バカも休み休み言え! 俺は・・・・・・真剣にお前が好きだってのに!」
「将臣さんは何も知らないから……っ!」
「何を知らないって言うんだ!? 自分の気持ち位わかってる! わからねぇのは…知らないのは、お前の気持ちだけだ」
涙ながらに叫んだ私を抱き寄せて切なげに囁いた将臣さんに、ぐっとのどの奥が絞られた。
―――――好き。
でもその気持ちを告げることが怖い。
好きあってそのあと離れることになるのなら、気持ちを告げない方がよほど・・・・・・。
「どう、なんだよ…」
「ずるいよ・・・・・・」
「・・・・・・何がずるいんだよ」
「・・・・・・そんな風に言われたら・・・・・・私、好きって言うしかなくなるじゃない・・・・・・」
「言えよ・・・・・・俺のことが好きだって・・・・・・言ってくれたら、二度と離さねぇ……不安になる暇なんてないくらい、甘やかして愛してやるから。だから・・・・・・」
ぐっと私を抱き締める腕に力が込められる。
その逞しさに、余計に涙が溢れた。
「・・・・・・好き。捨てられるのが怖くて告白できないくらい、将臣さんのことが好きだよ・・・・・・何度も何度も心の中で好きって言ってたの・・・・・・」
(あと一歩近づいて)
2013/05/23