遙か四
□その声に恋をした
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「ん・・・・・・」
ふ、と意識が浮上して、ああ俺は寝ていたのかと思った。
右手を優しく包んでいた感触はなく慌てて身を起こすと驚く望美と目が合った。
「び、っくりしたぁ……っ! 九郎さん、どうしてこんな…」
「目が元に戻った!」
「え?」
「さっき怨霊と戦った際に目が見えなくなったと言ってただろう? 街中からここまで俺を連れてきてくれたじゃないか」
「・・・・・・」
「・・・・・・目が見えんのは不安だったが、お前のおかげでずいぶん助けられた。眠るまでずっと手を握ってくれていたことも・・・・・・俺が不安にならないようにずっと話しかけてくれていたことも・・・・・・ありがとうな」
屈託なく笑いかけ、頭をくしゃりと撫でた。
一瞬望美は何故か表情に迷う顔をしたが、すぐに困ったような顔で笑って見せた。
「―――――ほんとですか? よかった、九郎さんが不安にならないようにって必死だったんですよ?」
「ああ。本当に・・・・・・助かった」
あの暗闇の世界を体験して、望美の優しさが浮き彫りにされた気分だった。
いままで強い女だという印象が強かったが……強く優しく、心配りの出来る女なのだと認識を改めた。
俺の中で、確かに彼女の位置が変わったんだ。
家の階段をぱたぱたと急いで上ってくる音がして、ドアの方を振り向くとお姉ちゃんがばたんとドアを開けた。
「どうし…」
「九郎さんを助けたの、名無しさんだよね?」
「九郎・・・・・・あの人、そんな名前だったんだね。いやぁ、街中で間違えられちゃって…」
笑ってそう言おうとしたら、お姉ちゃんの顔がくしゃりと歪んで痛いほど私の両腕を掴んだ。
「いっ!? な、何? どうし…」
「黙ってて」
「え?」
「九郎さんを助けたのが私じゃないってこと黙ってて」
「え? あの、お姉ちゃん?」
思わず怪訝な顔でお姉ちゃんを見ると、彼女は必死の形相で長い髪を横に揺らした。
「・・・・・・九郎さんが好きなの」
「!」
「今日助けたの私だって、すごく感謝された…そのままでいたいの、分かるでしょ? 好きな人にいい風に見られていたいって言う気持ち、名無しさんにもわかるでしょ!?」
「・・・・・・」
必死に私に取りすがろうとするお姉ちゃんに胸が痛んだ。
―――――そんなに、「九郎さん」が好きなんだね。
「元々、言うつもりなんてないよ。言うつもりだったら、もう言ってるもの」
「!」
心底ほっとした顔。
なんでこんなに・・・・・・胸の奥がちりちりするんだろう。
どこか凶暴な部分が顔を出してしまう。
「でも、本当じゃないのに本当にして最終的に辛くなるのはお姉ちゃんじゃないの? だって、嘘つくことになるんだよ?」
「……っ」
淡々と問いかけた私にお姉ちゃんは悔しそうに顔を歪めた。でも。
「・・・・・・いいもの。それでもいいもの。九郎さんに好きになってもらえるならそれでいいの」
「・・・・・・そう」
その返答を聞いて、私は心の奥に芽生えかけた恋心の芽を摘んだ。
それ以上、育つことのないように。
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