遙か四
□好意の証
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「ゆうくん、これ少し辛い」
「え? 味付けおかしかったかな?」
首を傾げた譲に名無しさんは自分の小鉢を差し出した。その中から箸でひょいとつまんで煮物を口に入れた譲が顔をしかめる。
「お前、これ醤油かけただろ?」
「……色薄かった」
「ダシで味取ってんだから当たり前だろ?」
「む…」
「俺の作ったものがまずかったことあるか?」
譲にしては珍しく自信満々に尋ねた言葉に名無しさんは淡々と言葉を返した。
「ある。小芋煮たやつとか、焦がしたお好み焼きとか」
「・・・・・・いつの話をしてるんだよ、それ両方小学生の時のやつだろ!?」
「ホットケーキ、生焼け」
「それもだ! ったく昔の話をいつまでも・・・・・・ほら、換えてやるから」
「ありがと」
ああ、今嬉しそうな顔をした。
ちゃんと注意深く見ればわかるようになった。彼女の表情の動き。
彼女は譲と将臣の妹だ。
最初はやたらと青白い顔をして、譲と望美以外とはあまり話をしない少女だった。あまり社交的ではないのだろう。そう思っていたが、慣れれば意外とよく話す。
「安定したな」
今の彼女の様子をどう表せばいいのだろう。
そう考えていた俺は、ふと思いついてそう言った。
「?」
突然の俺の言葉に戸惑ったようで、名無しさんはきょとんとして俺を見上げた。
「…前は不安定に思えたからな。将臣が見つかったからか?」
「・・・・・・ん。まぁくん、無事でほっとしたんです。それまで、心配だったから」
こくんと頷いた名無しさんの顔は本当に安心したような色を宿していて、俺も俺でほっと息をついた。
「…よかったな」
「ん」
こく、と頷いた名無しさんの口元には微かな笑みがうかんでいた。
俺に向けて初めて浮かべてくれた笑みで、その驚きとこみ上げた何かしらの感情に自分でも戸惑ってしまった。
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